理化学研究所は2016年8月、産業で用いられる通常のシリコンを用いた半導体ナノデバイスで、量子計算に必要な高い精度を持つ「量子ビット」を実現した。既存の半導体集積化技術を用いた量子ビット素子実装が可能なため、大規模量子計算機の実現に向けた重要なステップになるとしている。
理化学研究所(理研)量子機能システム研究グループの武田健太氏、樽茶清悟氏らの共同研究チームは2016年8月、産業で用いられる通常のシリコンを用いた半導体ナノデバイスで、量子計算に必要な高い精度を持つ「量子ビット」を実現したと発表した。
次世代のコンピュータとして期待されている量子コンピュータの実現には、情報の最小単位である量子ビットの数を大幅に増やす必要がある。そのため、通常のシリコンを用いて、既に確立された半導体集積化技術を利用することが期待されている。
しかし、通常のシリコンを用いた量子ビットにおいて、シリコン中の核スピンが量子ビットの状態を乱す「雑音源」となっていた。この雑音により、量子ビットのコヒーレンス時間*)が約1マイクロ秒と短くなる。
高精度な量子ビット操作を行うためには、コヒーレンス時間よりも短い時間で操作を終える必要がある。従来の操作方法では、操作速度が数マイクロ秒と遅いため、通常のシリコンで高精度な量子ビット操作を行うには不十分だったという。
*)コヒーレンス時間:量子ビット(あるいは、量子力学的な状態)は時間が経過するにつれて、外界の雑音などによってその情報を失っていく。その情報が失われる典型的な時間をコヒーレンス時間と呼ぶ。
同研究グループは今回、通常のシリコンであるSi/SiGeヘテロ構造基板中の二次元電子気体を表面ゲート電極(図1)で閉じ込め、2つの電子を含む量子ドットを作製。量子ドット直上には、絶縁膜(Al2O3)を挟んで、量子ビット操作に必要な傾斜磁場(位置により大きさが異なる磁場)を形成する微小磁石を配置した。
量子ドットのゲート電極(図1、Cゲート)にマイクロ波電圧(Vc)をかけると、量子ドットに閉じ込められた電子の位置がマイクロ波によって変調する。その位置の変調は、微小磁石の傾斜磁場によって実効的な磁場変調に変換されるため、これにより単一量子ビット操作に相当する電子スピン共鳴を起こすことができる。
図2Aは、量子ドットのゲート電極に電子スピン共鳴条件を満たす周波数のマイクロ波電圧をかけたときのスピン状態の時間発展を示したものである。理想的な量子ビットの振る舞いに近い正弦波状の振動パターン(ラビ振動)が観測されている(図2B)。このときの量子ビット操作速度は、従来研究の約100倍高速となる0.05マイクロ秒程度。これにより、ラビ振動の減衰時間内に100回以上の量子ビット操作を行うことができる。つまり、雑音の影響を受ける前に、量子ビット操作を終えることが可能になった。
図3は、ランダム化検証法の測定結果である。量子ビットの操作が、どれだけ理想的な操作に近いかを表す忠実度を得るために行う検証だ。検証の結果、平均99.6%の忠実度、基本的な全ての単一量子ビット操作で99%以上の忠実度が得られたとする。研究グループは、「通常のシリコン中の電子を用いた量子ビット素子の中で最高の値」と語る。
今回の研究結果は、通常のシリコンを用いたナノデバイスで、現実的な量子コンピュータへの実装に耐えうる操作精度を持った量子ビットの実装方法を示している。この技術は、既存の半導体集積化技術を用いた量子ビット素子実装を可能とするため、「大規模量子計算機の実現に向けた重要なステップといえる」(研究グループ)とした。
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