『背信の科学者たち』は著者と翻訳者がともに科学ジャーナリストであるため、科学技術に関する記述がやや抽象的であるとともに、文章がかなり過激な表現となっている。一読すると分かりやすいのだが、突き詰めて考えると物足りなさが残る。
一方、『科学の罠』は著者がイスラエルの生物学研究者(生物学研究所の研究員や同所長などの経歴を有する)、翻訳者が医学史の研究者といずれも研究者である。このため文章はいささか難解であるものの、科学技術に関する記述はかなり詳しい。
本書の第4章「疑惑の影の中で」(63ページ〜104ページ)は、近代科学の歴史に偉大な足跡を残した3名の科学者、プトレマイオスとニュートン、メンデルの研究業績に関する疑惑を検証している。ニュートンに関する記述は、65ページから70ページである。
ニュートンは「プリンキピア」で、ある天体の運動(例えば太陽と地球の運動)が別の天体(例えば月)との作用、すなわち引力によって乱される現象(「摂動(perturbation)」と呼ぶ)を取り入れて数学的に扱えることを証明した。「彼(筆者注:ニュートン)の原理に基づいた理論的計算が実験的に測定されるデータと一致する結果をもたらすことを示した。ところが不運なことに、いかにうまく物理的な事象が数学的計算と対応しているかを示そうと努力を傾けているうちに、ニュートンはその当時においては実際には得ることのできないはずである正確なデータを公表してしまったのである」(66ページ)
いわゆる事実と理論のつじつま合わせは、大気中を音が伝わる速さ(音速)に関する理論と実験にも見られた。ニュートンは計算によって大気中の音速を979フィート/秒(298.4メートル/秒)と推定した。そして実験の結果、音速は920フィート(280.4メートル)/秒〜1085フィート(330.7メートル)/秒の間であるとのデータを得て、計算がうまくいったことを示した(67ページの記述から作成)。しかし、他の科学者による実験結果に比べると、ニュートンが示した音速の値は20%ほど低かった。
ニュートンは、自分の数値が他者に比べて20%ほど低いと知った後にどうしたか。まったく根拠のない2つの仮定を理論に組み込むことによって、音速が元の値から20%ほど高くなるように修正したのである(68ページの記述から作成)。1つは、大気中には固体の微粒子が存在するというもので、この仮定によって音速が10%ほど向上した。もう1つは大気は10%の割合で水蒸気を含んでいるという仮定である。この第2の仮定によっても音速が10%ほど向上し、結果として音速は元の値から20%ほど向上した(68ページの記述から作成)。ただし2つの仮定にはいずれも、実験的な根拠は存在していない。
2つの仮定を導入して計算し直した音速は、1142フィート(348.1メートル)/秒である。この値は気温が27℃〜28℃の大気における音速(現代において認められている音速)とほぼ一致する。
またプリンキピアの第二版では、いくつもの修正が加えられた。例えば大気と水の密度比は、第一版では1対850であったのに対し、第二版では1対870となっていた(68ページの記述から)
さらには春分点歳差(地球の歳差運動によって春分点(赤道と黄道(公転軌道面)の交点)の位置が東から西に移動していく速さ(角度/年)(参考:国立天文台暦計算室Webサイト)に関するデータもプリンキピアの第二版では変更された。その結果、第二版における春分点歳差の結論(約50秒/年)は、誤差が3000分の1以下という正確さを持つようになった(69ページの記述から) (敬称略)
(次回に続く)
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