「この機会に、江端さんの連載コラム、過去からさかのぼって、全部読んでみたのですが ――」と、久々にレビュー結果を電話で報告してきた「無礼な後輩」は、続けて言いました。
「江端さん、なんで論文書かないんですか?」
江端:「論文……論文ねえ。論文って、作法にうるさいし、ページ数にも制限あるし、あまり過激な文章も書けないし、そもそも、EE Times Japanのコラムの内容で、論文を受理してくれる学会が思い浮かばない。そもそも、論文の寄稿を依頼されたことがない」
後輩:「江端さんのコラムは、背景、課題、仮説に加えて、状況の設定から数値シミュレーションまで、全ラインアップがそろっているんですよ。そこらの人文科学系のやつらの論文なんぞに、全然負けていませんよ」
江端:「いや、私、人文科学の学者じゃなくて、ただのエンジニアだし。それに、私は、一部のエライ人しか目を通さない論文なんぞより、多くの人に読んで貰えるコラムの方がいい。なにより『論文』って、書いていて楽しくないような気がする。
例えば、誰よりも早く、とっとと、オフィスから消え失せろって、論文に書いたら、その場で“リジェクト(Reject)”されるよね」
後輩:「まあ、そりゃそうでしょうけど……ま、それはいいや。じゃあ本論に入りましょう。正直、このテーマを聞いたときに『この連載の失敗は決まった』と思いましたよ」
江端:「一応、理由を聞こうか」
後輩:「江端さん、2002年に2年間の米国赴任を経て、日本に帰国されましたよね」
江端:「もう、15年も前になるんだな〜……」(遠い目)
後輩:「帰国後の江端さんって、ものすごかったんですけど、覚えていますか?」
江端:「……ん?」
後輩:「帰国直後の江端さんは、研ぎ澄まされた、米国エリートビジネスマン風に行動していました」
江端:「誰が? 私が?」
後輩:「米国式の厳格な時間管理を導入し、定時帰宅を実施し、事前に計算しつくされたファシリテータとして分単位のミーティングを進行し、無駄を排した資料作成や、3分間以内での提案説明をしていましたよね」
江端:「そうだっけ?」
後輩:「そして、それらを、自分か部下だけはなく、上司にすらそれを強要していたくらいじゃないですか」
江端:「あーーー、そんなこともあったねぇ。『傍若無人』って感じだったねえ」
後輩:「そんな、米国式のビジネススタイルでたたき上げられた江端さんが、出国前の江端さんに戻るのに、ふた月もかかりませんでした」
江端:「……嫌なこと覚えているな」
後輩:「一体、何があったんですか、江端さん。いえ、『何かがあった』のは分かっています。しかしですよ、2年間の赴任で米国式の『働き方改革』を完全に取得してきたはずの江端さんが、たった2カ月で日本式の『働き方』にタイムリープしたのを見て、私たち若手がどれほどの衝撃と失望と絶望を受けたか、考えたことがありますか?」
江端:「いや、それは筋違い・・・」
後輩:「江端さんは、帰国して“何か”があった。だから、この連載を引き受けたくなかった ―― そういうことなんでしょう? 」
江端:「考え過ぎだってば」
後輩:「じゃあ、最後に一言だけ。江端さん、今回の政府主導の『働き方改革』が、本当にうまくいくと信じているんですか」
江端:「ああ、ごめん。今日は、今から、次の打ち合わせがあるから、また来月ね。また、レビューよろしくお願いね〜〜」
と言って、私は一方的に電話を切りました。
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