こんにちは。江端智一です。
(編集部からの半強制的な)3カ月間のお休みを頂きまして、今月から新シリーズ「数字で『働き方改革』を回してみよう(適当)」を開始します。
冒頭でも述べましたが、「私に、この連載の執筆を行うだけの資格があるのか」と甚だ疑問ではあるのですが ―― 実は、それ自体が、この「働き方改革」の罠(わな)なのです。それは、「働き方改革」というものに対して、誰もが皆、「自分だけは特別」と思い込みがちの言葉だからです。
最初、私は「研究員である私は、比較的、自分で仕事の進め方に自由が効くので、当事者としてふさわしくないのではないか」と思ったのですが、実は、これが既に「罠」です。
「○○という特殊な製品/サービスの営業をやっている私は……」
「特別な食材を扱う○○というレストランの調理師である私は……」
「顧客要求で不定期に突然仕事が入ってくる○○という特殊な製品の製造をやっている私は……」
と、誰もが皆、自分だけは「働き方改革」の対象外にいると考えてしまう ―― そういう「罠」なのです。
EE Times Japan編集長のTさん、担当者のMさんからの依頼を伺った後、私は、会社を1日休んで、この「働き方改革」について、市立図書館に閉じこもって資料、新聞、関連図書を読み漁ってみたのですが、これがどうにもよく分からないのです。
もしかしたら、この「働き方改革」には、国家としての大きな統一的な目的がある訳ではなく、現状の日本国の抱える、深刻で解決のメドが立たない個々の問題(長時間労働、育児問題、少子化対策、介護問題)を、「働き方」という技術(メソッド)で逃げてしまおうと考えているのではないか、と、邪推してしまうくらいです。
もちろん、技術や手法で問題が解決するなら、それはそれで結構なことではあるのですが ―― エンジニアである私が言うのも何ですが ―― この手の問題は、技術や手法だけでは、大抵の場合、解決しません。
国家としての仕組み(システム)を作らないとダメで、その仕組みは、(警察とか自衛隊のことではなく)、立法府(国会)や行政府(政府)による暴力装置ともいえる「法律」が必要となります。しかも、その法律には刑事罰が必要で、法人罰だけでは足りず、個人を直接罰するものでなければ、効果は期待できません*)。
*)大体、性懲りもなく、数年単位で、労働者の過労死を発生させては、世間を騒がせている会社がありますが『その会社が潰れた』という話はついぞ聞きません(現行法では、『会社を死刑』にすることはできませんし)。
反面、このような個人を処罰できる法律はてきめんに効果が出ますが、当然、会社経営者を萎縮させることにもなります(それに、起業をしようとする若者もいなくなるかもしれません)。このようなデメリットは、経済の発展に悪い影響を与えるでしょう。
―― うん、この『働き方改革』の全体像を把握して、論じることは、(少なくとも)私には無理だな
と、諦めました。
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