山中氏に話を戻すと、同氏はシリコンバレーで「JTPA(Japanese Technology Professionals Association)」という組織を主宰している。この組織には、少なくとも2000人の日本人技術者が参加しているが、その多くは、日本企業の駐在員ではなく、元駐在員で今は独立あるいは、山中氏のように初めから独立志向で渡米してきた人たちがほとんどである。
山中氏以外では、東京大学発のヒト型ロボットベンチャー「SCHAFT(シャフト)」を立ち上げ、それをGoogleに売却して脚光を浴びた加藤崇氏(現Fracta CEO)や、CI(継続的インテグレーション)ツールのオープンソフトウェア「Jenkins」の開発者である川口耕介氏などが特筆に値する。
冒頭、筆者は「日本は頭脳循環の輪から外れているのではないか」と懸念していると述べた。しかし、山中氏のような人物に話を聞く機会が増える中、筆者の中でもその考えは少しずつ変わってきている。確かに、日本人の米国への留学生は近年大幅に減っていて、それはそれで課題であるとは思う。だが、本連載でも触れたように、日本国内でも十数年前に比べると、将来が楽しみな起業家がずいぶんと多く出るようになり、さらに、山中氏のように、海を渡って海外で活躍するハイテクベンチャー起業家も増えている。
こうした日本人たちの活躍を見ていると、米国で学び、働いた日本人が、必ずしも日本に帰国しなくても、シリコンバレーを含め世界のどこかで活躍すれば、それでよいのではないか――、そう思うようになってきたのである。
「米国で学び、母国でその経験を生かす」。これがアジア各国で最も見られる「頭脳循環」のパターンである。だが、日本でも米国でも、場所に関わらず、「世界のどこかで学び、働きあるいは起業し、世界のどこかで活躍し続ける」、これも立派な「頭脳循環」なのだ。日本が「頭脳循環の輪から外れている」わけでは決してない。これが、筆者が最近抱いている思いである。
⇒「イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜」連載バックナンバー
石井正純(いしい まさずみ)
日本IBM、McKinsey & Companyを経て1985年に米国カリフォルニア州シリコンバレーに経営コンサルティング会AZCA, Inc.を設立、代表取締役に就任。ハイテク分野での日米企業の新規事業開拓支援やグローバル人材の育成を行っている。
AZCA, Inc.を主宰する一方、1987年よりベンチャーキャピタリストとしても活動。現在は特に日本企業の新事業創出のためのコーポレート・ベンチャーキャピタル設立と運営の支援に力を入れている。
2005年より静岡大学大学院客員教授。2012年より早稲田大学大学院ビジネススクール客員教授。2006年より2012年までXerox PARCのSenior Executive Advisorを兼任。北加日本商工会議所(2007年会頭)、Japan Society of Northern Californiaの理事。文部科学省大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)推進委員会などのメンバーであり、NEDOの研究開発型ベンチャー支援事業(STS)にも認定VCなどとして参画している。
2016年まで米国 ホワイトハウスでの有識者会議に数度にわたり招聘され、貿易協定・振興から気候変動などのさまざまな分野で、米国政策立案に向けた、民間からの意見および提言を積極的に行う。新聞、雑誌での論文発表および日米各種会議、大学などでの講演多数。共著に「マッキンゼー成熟期の差別化戦略」「Venture Capital Best Practices」「感性を活かす」など。
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