今回は、いつもとは毛色を変えて、“半導体メーカーの働き方改革”に目を向けてみたい。筆者がメーカー勤務だった時代と現在とでは、働き方にどのような違いがあるのだろうか。
2019年4月1日に、働き方改革関連法が施行された。この法律によって、半導体技術者の働き方はどう変わるのだろうか? 10月1日にキオクシアに社名が変わった、旧東芝メモリの半導体プロセス技術者の知り合いに聞いてみると、以下のような規則が設けられたという。
(1) 1週間に1日は、ノー残業デーにしなければならない
(2) 1カ月に1日は、有給休暇を取得しなければならない
(3) 1カ月の残業時間が60時間を超えてはならない
なお、(3)については、ある月の残業時間が60時間以上になった場合でも、60時間の残業時間を超える月が1年間に6回以上にならないように調整すればいいそうだ。
それで、この規制のもとで半導体のプロセス開発ができるかと聞くと、「1週間に1日残業しない日をつくることはできるし、1カ月に1回有給休暇を取得することもできるけれど、1カ月の残業時間を60時間以下にすることが難しい」という。
筆者も、1987〜2002年までの16年間、日立やエルピーダなどで、ドライエッチング技術の開発に従事した経験があるから、1カ月の残業時間を60時間以下にするのが大変なことは理解できる。
しかし、法律で定められたことは守らなくてはならないし、やってやれないことは無いと思う。さらに、キオクシアの技術者の話しから、半導体プロセス技術者が在宅勤務をすることも、将来的には可能ではないかと考えている。ただし、それには前提条件がある。
本稿では、まず、20〜30年前に、なぜ半導体プロセス技術者が残業時間を60時間以下にするのが困難だったかを自身の体験を基に述べる。次に、現在の半導体プロセス技術者の仕事のやり方は、筆者の時代とは劇的に変化していることを説明する。
そして、その方法を有効活用すれば残業時間を60時間以下に減らすこともできるし、将来的には在宅勤務も可能になることを論じる。ただし、そのためには、半導体プロセス技術者の誰もが、自分が担当する製造装置に触れ、その装置の本質を熟知していなければならないことを指摘したい。
1987〜2002年頃、ドライエッチングの技術開発を行っていた筆者は、どのような仕事に多くの時間をかけていたのか(かけざるを得なかったのか)?
種々の会議への出席、研究報告書や特許明細書の執筆、その他の雑多な書類作成など、どこの会社のどの職種にも共通した仕事はもちろんあった。
その上で、開発センターや量産工場における半導体プロセス技術者特有の仕事も多数あった。特に時間がかかった仕事としては、試作ロットを仕込んだりマシンタイムを確保したりするための“スタンプラリー”(つまりハンコをもらいに行くこと)、超特急で流す試作ロット(“超特急ロット”とか“ホットロット”などと呼ぶ)への対応、断面電子顕微鏡(SEM)観察などが挙げられる。以下でそれぞれについて詳述する。
例えば、開発ラインで次世代DRAMのキャパシター電極に使う新材料ルテニウム(Ru)の加工検討を行うことになったとする。ドライエッチングによる加工検討を行うためには、シリコンウエハー上にバリアメタルのTiNを介してRuを成膜する必要がある。さらに、絶縁膜のハードマスクの成膜も必要だ。そして反射防止膜(BARC)上にレジストパターンが形成されなければならない。
そこで、試作ロットの目的や実験内容を記載した書類を作成し、ドライエッチンググループの主任や課長のハンコをまずもらう。次に、成膜グループの課長、主任、担当らにTiN/Ruの成膜を依頼しハンコをもらう。成膜の次は、リソグラフィグループの課長、主任、担当者のハンコをもらいに行く。以上の過程のどこかで、書類の不備が発覚すると、突き返されて最初からやり直しになる。
めでたく成膜とリソを通過したら、今度は、開発ラインを管理している現場の課長や係長にハンコをもらいに行く。要するに、試作ロットを流すために、最短でも1〜2日がかりで“スタンプラリー”を行わなければならなかった。
開発ラインの場合は“スタンプラリー”が終わればすぐに実験に取り掛かることができるが、量産工場の場合は、そう簡単にはいかない。量産工場にある最先端の製造装置を借用して実験を行う必要があるため、試作ロットの時より厳重な“スタンプラリー”を行わなくてはならない。それに要する日数は、もっと多くなる(1週間くらいかかる場合もある)。
要するに、半導体プロセス技術者が真っ先に行う仕事は、何を差し置いても”スタンプラリー“なのであった。
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