始まりは、「まあ。智一君(私)にそんなことができるなら、お願いしたいわ」という義母の一言からでした。
以下は、実家に帰省中だった嫁さんとの電話の会話になります。
江端:「ちゃんと話したの? 家の中(鹿児島の嫁さんの実家)のライブ画像が、全部、こっち(自宅)で見られてしまうんだよ。プライバシーも何も、あったものじゃないよ」
嫁さん:「ちゃんと言ったし、何度も確認したよ。もう、そういう段階 ―― 見られて恥ずかしい ―― とか言っていられる段階ではないって、覚悟を決めたんだと思う」
江端:「『ライブ画像は、しょせんは画像であって、倒れている本人を救い出すことはできない』ということも?」
嫁さん:「『“見守られている”という安心感だけでもいい』って」
私にも経験がありますが、一度、死線をくぐった人間は、ある種の「開き直り」が発生します(関連記事:「トラブル遭遇時の初動方針は、「とにかく逃げる!」」)。今回の義母が「それ」だったのかもしれません。
ところで、(このコラムの最後に登場する著者プロフィールにもありますが)私の趣味の一つに、「DIY(Do It Yourself:手作り)のホームセキュリティシステム」があります。
当初は、安価なデバイスを使った簡易なシステムでした。
その後、日本ベッコフオートメーションさんの技術支援(他にもいろいろ支援)を頂き、EE Times Japanの連載「EtherCATでホームセキュリティシステムを作る」を経て、大規模なシステムリプレースを行いました。
さらに、秋葉原のジャンク屋で大量にカメラを仕入れたり、安価でも高性能な名刺サイズコンピュータ「Raspberry Pi(ラズパイ)」を購入したりしてアップグレードを繰り返し、現在、このような形となって我が家を守っています。
このシステムは、運用開始から既に10年を経過していますが、現在のところ、防犯の目的は達成されているようです。
もっとも、家の回り(玄関と車庫と庭の3箇所)に貼ってある、この自作ポスター(モデルは私)が、最も効果を発揮しているのではないか、とも思うこともありますが。
*)防犯目的であれば、個人法人関係なく利用して頂いて結構です(原本はこちら⇒http://kobore.net/eye_ebata.ppt)
ともあれ、これは、あくまで趣味のDIYシステムであって、私が楽しく、のんびりと作っていれば良いものでした ―― が、“義母の見守りシステム構築”は話が違っていました。
かなり、めちゃくちゃなミッション(移動、設置、構築、テスト、運用開始まで48時間)でしたので、事前にいくつかの根回しをしておきました。
私が乗り込む時、既に嫁さんの実家は無人状態だったので、お隣の家の方に、実家の中に入って頂き(鍵を預けてあった)、パソコンを起動してもらって、リモートでパソコンに侵入(以前、リモートメンテナンス用にVNC(Virtual Network Computing)をインストール済み)、ネットワーク構成(グローバルIPなど)を調べて、その情報をベースに、カメラの事前設定を完了しておきました。
さらに、隣のお家に機材と工具一式(旅行用スーツケースに満載)を受けとってもらうように手配しました。また、最も早い時間の鹿児島空港行きのチケットと、最も遅い時間の羽田空港行きのチケットを確保し、現地で足りない部品を購入しに行けるように、レンタカーの予約も完了しました。
しかし、私は、「これだけ周到に準備して、なお動かないもの。それがシステム」ということを良く知っていました ―― そして実際に、その通りになったのです。
私は、嫁さんの実家に到着するや否や、ドライバーで壁や天井に穴を明け、カメラ固定用の器具の取り付けを開始しました。
また、天井にフラットのイーサネットケーブルを張り巡らせる作業は、高所で天井に向かって、重い機材を維持し続ける作業でしたので、貧血で脚立(きゃたつ)から落ちそうになりました。
―― 介護システム構築中に、事故で、要介護者になる
というのは、いろいろなところで嘲笑のネタになりそうだったので、結構な頻度で「休憩」を取るようにしました。
ただ、作業中に、叔父さん(義母の兄)が来てくれたのですが、配線等の作業中に声をかけてくることには大変困りました。私は、基本的に、作業中(設置、執筆、コーディングなど)は誰からも声をかけられたくありません*)。気が散るからです。ミリ単位のドリル穴を開ける作業に集中している時などは、(いろいろな意味で)危険でもあります**)。
*)これが、エンジニアが無愛想と言われている一因かもしれませんが、エンジニアの私から言わせてもらえば『この馬鹿野郎。空気を読め』と言いたいです。
**)先日、デモシステムの再起動の失敗を繰り返し、そのシステムの復旧に狂乱しているさなかに、そのデモシステムについてあれこれ質問をしてくる「我が社のエンジニア」がいました ―― 『首をキューッと締めて、永遠に黙らせてやろうか』と本気で思いました。
電源ケーブル、イーサーケーブル、カメラ設置を終えたのが、1日目の深夜1時過ぎでした。
まずは、画像が転送されていることを、カメラの機能が持つメールシステムで確認し、いわゆる「疎通テスト」に成功しました。
しかし、これでは、私が四六時中、メールをチェックしなければなりませんし、私のメールボックスは、この画像だけでスプールがパンクしてしまいます。
そもそも、私がこの「見守りシステム」で目指したかった「見守り」は、従来のような「監視」ではなく、なんとなく関係者を巻き込み、誰も無理をしないでボンヤリと実現できる見守りです。
そこで私は、見守り画像だけを表示し、それを親戚等の一部の人間だけに開示するWebシステムの開発を目指しました。
しかし、彼らの多くは高齢者で、ITリテラシーも高くありません。高度なセキュリティシステムを導入すれば、誰も使えないものになることは目に見えていました。
そこで、セキュリティに関しては、(詳しく言えませんが)基本的には、実家のネットワークに外部から侵入できないような自作のファイアウォールを組み込みました。
結果として、私は、以下のようなWebシステムを作り上げて、ミッションを完了しました。
東京の自宅のPCから家族にも確認してもらい、私が実家で手を振っている画像が確認され、この48時間のミッションは無事に完遂した ―― と思っていました。
ところが、そうは問屋が卸してくれなかったのです。
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