「おばあちゃんが動かない……」。深夜に嫁さんからかかってきた1本の電話で、私は「Raspberry Pi」(ラズパイ)を使った“壮大な見守りシステム”をDIYで構築することになります。今回は、そのドタバタ劇の詳細と、「どうせなら介護を楽しんでやれ」という私の思いの丈をぶつけたいと思います。
人材不足が最も深刻な分野の一つでありながら、効率化に役立つ(はずの)IT化が最も進まない介護の世界。私の実体験をベースに、介護ITの“闇”に迫りつつ、その中から一筋の光明ともなり得る、“安らぎ”を得るための手段について考えたいと思います。⇒連載バックナンバーはこちらから。
実家に“要介護”の親を抱えている人間にとって、深夜にかかってくる電話ほど恐ろしいものはありません。
"No news is good news(便りのないのはよい便り)"という状態を超えて、"Any news is bad news(便りがあれば、全て悪い便り)"だからです。100%です。
この事件も、自宅にかかってきた、嫁さんからの電話で始まりました。今から3年前となる2016年5月のとある日、深夜1時のことです。
「―― ばあばが……ばあばが、動かないの」
それは、私が受話器を耳に強く押しつけなければ聞こえないような、小さくて震えるような涙声でした。
義父が自力で歩行できなくなった後も、70歳を超えた義母は自分で義父(つまり夫)の歩行を支え、ベッドやトイレでの移動を支え、通院などで車椅子を使う時もそれを支え、その他の処理も、全て一人でやっていました。
ただ、義父には認知症の症状はなく、意識はしっかりしていました ―― 今になって思えば、それも悪い方向に働いていたように思います。
いずれにしても、こんなことが、いつまでも続くハズがありません。介護に関しては、当時、私の方が少しだけ専門家でした。実家の両親の要介護の度合いが、3年ほどリードしていたからです。
頑張る介護は、必ず破綻する ―― これは、私の中では、「定理」ではなく「公理*)」です。
*)公理:数学の議論をする上で証明なしに扱えるもの。例:ユークリッド言論、公理2『同じものに同じものを加えた場合、その合計は等しい(a=b なら a+c=b+c)』
上記の公理は、多くの人が語ってきましたし、ほとんどの人が、その言葉を聞いているはずです。それでも私たちは、「破綻するまで、在宅での介護を頑張ってしまう」のです。今回のコラムでは、これを「介護破綻」と呼ぶことにします。
「介護破綻」に至ってしまう理由は簡単です。
私たちは変化が嫌いだからです。自分の生活の中に、見知らぬ他人が介入してくることや、普段の生活と異なることを強要される(と感じる)ことに苦痛を感じるからです。
できるだけ、今の生活パターンを変えず、あるいは微小修正の範囲内で止めて、日常生活を送りたい ―― こうして、要介護者(義父)と介護者(義母)の間に共依存*)に類似する関係が構築されます。
*)共依存:例えば、アルコール依存症患者がパートナーに依存し、またパートナーも患者のケアに依存するために、その環境(人間関係)が持続すること、など
そして、私たち子どもの方も、「今まで通りの親であって欲しい」との願いから、「壊れていく親」を客観的に見られなくなり、結果として、「介護破綻」に加担します ―― 少なくとも、私は、そうでした。
そして、事態を悪化させながら、私たちは「介護破綻」のその日を迎えることになります。
「介護破綻」までのストーリーは、多くの人が語っているし、参考文献も山ほどあります ―― 全て失敗談です。そして、このコラムを読んでいるあなたも100%、同じ道をたどることになります。介護者になろうが、要介護者になろうが、あなたに逃げ道はありません。
ですので、今回の「介護破綻」に至るまでのプロセスはバッサリ割愛し、その後の、私の対応から、特に「介護IT」に絞ってお話したいと思います。
嫁さんの実家の「介護破綻」後のプロセスは、以下のようになりました。
(1)義母の介護疲れが限界 → 義父が一時施設へ入所
↓
(2)その後、義母が自宅内で倒れているところを、たまたま義母の兄が発見
↓
(3)嫁さんが、2週間仕事を休んで、実家の鹿児島に帰省
↓
(4)帰省中に、浴室で倒れている義母を嫁さんが発見(これが冒頭の話)→緊急入院
↓
(5)嫁さんは、そのまま義母の入院、義父の施設利用延長、各種の手続処理を一人で実施して、帰宅
そして、その週末、嫁さんとバトンタッチする形で、私が単身、嫁さんの実家に乗り込むことになります。
ここからは、私が週末の2日間の48時間、1分間の余裕なく動き続け、さらに、その後もジタバタし続けた「介護IT」の構築の記録となります。
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