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見張れ! ラズパイ 〜実家の親を熱中症から救え江端さんのDIY奮闘記 介護地獄に安らぎを与える“自力救済的IT”の作り方(3)(1/7 ページ)

IT介護(見守り)に対する考え方は、主に2つあります。「ITを使ってまで見守る必要はない」というものと、「あらゆる手段を使って見守る必要がある」というものです。今回は後者の考えを持つ方のために、「DIYの実家見守りシステムをラズパイで作る方法」をご紹介したいと思います。

» 2019年12月26日 11時30分 公開
[江端智一EE Times Japan]
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人材不足が最も深刻な分野の一つでありながら、効率化に役立つ(はずの)IT化が最も進まない介護の世界。私の実体験をベースに、介護ITの“闇”に迫りつつ、その中から一筋の光明ともなり得る、“安らぎ”を得るための手段について考えたいと思います。⇒連載バックナンバーはこちらから





「通常運転」だった父

 あれは今から数年前、父がまだ生きていたころの、正月休みが終わった最初の日、寒風吹きすさぶ、平日の午前9時ごろのことでした。

 市役所から派遣された調査員の方が、父を担当されていた介護支援専門員(ケアマネジャー、以下、ケアマネという)を伴って、父の実家にやってきました。これは、1年に1度、必ず行われる大切なイベントです。

 調査員の方が、父に対して、いろいろと質問をします。必要に応じて父に実際に体を動かすように求め、私にも話を聞きます(食事、排便、衣服の脱衣や外出の状態など)。

 次に、調査員の方が、3つのアイテム(鍵、時計、小銭入れ)を見せて、「後で、何を持っていたがお伺いしますので、この3つを覚えておいてくださいね」と言って、そのアイテムをしまいました。

 そして、父にいくつかの質問を始めました。

調査員:「今の季節は、いつごろでしょうか」

父:季節かね……、そろそろ春が終わって、毎日少しずつ暑くなってきているかねえ

調査員:「すいませんが、今、何時頃でしょうか」

父:そうだねえ、そろそろ、夕方になる頃になるかねえ

調査員:「先ほど私がお見せしたモノを、教えて頂けませんか。3つ、お見せしたのですが」

 父は、何の話をしているか分からないといった様子で、不思議そうな顔をして無言のままでした。

 そして私は、そんな父の応答の様子を見て、心の中で呟いていました。

 ―― うん。親父、通常運転だ。

 私が姉から依頼されていたミッションは、父の介護認定の区分の数字を上げるかキープすること。下げることだけは絶対に避けることであり、そのための説明の実施でした。

 説明内容に矛盾がないように、事前に姉からもインタビューを行い、想定質問まで作って準備していましたが ―― 父は、私のアシストなど必要なく、おおむね独力で目的を達成してしまいました。



 要介護の区分とは、乱暴にまとめれば、介護を必要とする内容を7段階に分けて、それに応じて区別する「ランク」のことです。

 何のために、このような「ランク」が設けられているかというと、介護保険料金の受取額を決めるためです。

 介護保険料による介護費用は、「現金」でもらえる訳ではありません。「認定された介護サービス事業者のサービスの利用をした場合に、その利用料を負担してもらえる上限額」です。

 ですので、介護保険料の手続きに、現金は一切登場しません(これ覚えておいてください。詐欺に合わないためにも)。

 この"区分" ―― "ランク"によって、父の介護サービスを受けられる内容と回数がガラッと変わってきます。

 この”ランク”は、父にとってはもちろんですが、私たち姉弟、特に実家の近くに住んで、実質的に、父の保護者である姉にとっては、死活問題だったのです

 具体的に言えば、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練を日帰りで行ってくれる施設である、通所介護(以後、デイサービスという)が、週2回になるか、3回になるかが変わります。これによって、介護人(姉)の負担の度合いが全く変わってくるのです。

 姉は毎月、これらの介護サービスからの請求書を纏めて役所に書類として提出する仕事を行い、私は毎年、確定申告の時期(毎年3月)になると、姉から送付されてくる大量の書類の内容を整理して、試算し、国税局のHPから、電子申告の作業を代行していました(著者のブログ1ブログ2ブログ3)。

 どういう仕組みなのかは良く分からないのですが、データを入力していたら、30万円ほどのお金が戻ってきた時がありました(その年だけでしたが)。直ちに申告の処理を進めて、父の銀行口座にお金を放り込んでおきました。逆に数万円ほどお金を請求されることが分かった年は、申告するのを『ついうっかり』忘れてしまいました。

 また、必要なら市役所に出向き、あらかじめ準備しておいた山のような質問を尋ねて、窓口の人から、少しでも有利な条件や手続きを聞き出すことにも躊躇(ちゅうちょ)はしませんでした(参考)。

 ともあれ、私たち姉弟にとって、「父の認知症の進行を悲しむ」という感傷に浸っている余裕はなかったのです。私たちは、限られた時間内で、父の介護と同時に、父の介護費用を確保する手続きにも全力を注がねばならなかったからです。

 介護は、要介護者に対する肉体戦、精神戦であると同時に、行政に対する交渉戦であり、ITシステムに対する知能戦でもあります。

 要介護者を守るには、愛と努力だけでは足りない ―― 法律(税法、行政法)、数学(四則演算)、ITリテラシーといった知識の他、行政の作る、あの不細工で使い難く、意味不明なHPの手続きを、腹を立てながらも際限なくやり直す「執念」が必要なのです。

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