以前のコラム「口に出せない介護問題の真実 〜「働き方改革」の問題点とは何なのか」では、私は、このブラックボックスの中身は分からないものである、としていましたが、今回、この箱の中身について、いろいろな人の本を手当たり次第に読んでみました。
その中でも、特に今回は、佐藤眞一先生の「認知症の人の心の中はどうなっているのか?」(光文社、2018年)を、参考にさせて頂きました。
この本を読み終えた嫁さんは「将来の自分の壊れ方を反論できないところまで追いつめる絶望の書」という所感を持ったようです。
しかし私は、核分裂反応の専門書の中の「原子崩壊」の解説と同様に、「未来の自分の『壊れ方』を、客観的に把握できる優れた工学書」であるという感想を持ち、この本に感銘を受け ―― そして、相当に気持ちがラクになりました。
私は、恐怖が目の前に迫っている時、「訳の分からない恐怖」よりは、「訳が分っている恐怖」の方がマシなのです ―― たとえ、どのみちその恐怖による不幸(例:死)が避けて通れないのであっても、です。
今回は、この佐藤眞一先生の本の内容と構成を援用して、話を進めさせて頂きます。
その前に、認知症というものを、もう少しだけ詳しく説明致します。認知症とは大きく4つの種類に分類されます。
認知症は死に至る病ですが、それは、認知症という病症が、直接死に至らしめるという感じではなく、他の問題を併発しやすくなるからです。そういう意味では、「誰にとっても、人生は致死率100%」ということと、あまり変わりないと思います。
認知症の問題は、認知症に罹患した人の人生のQoL(Quality of Life、人生の品質)を低下させていくことにあります。認知症は、「段階的に自分を壊していく(×一気に壊す[死])」という点が最悪なのです。
なぜなら、認知症による段階的なQoLの低下は、要介護者に長期間の不断の苦痛を与え続けるだけでなく ―― そのようなQoLの低下は、外部からは認識されにくく、認知症患者の苦痛を、自分以外の人からは理解してもらえないという恐怖があるからです。
認知症の恐怖は、一言で言えば、「手足をもがれた上で、見たことのない場所で、言葉の通じない世界に、たった一人残されて、戻る方法が全く分からない」というものです。
最近、異世界転生のラノベ(ライトノベル)やアニメが、日々わんさか登場していますが、あのパラダイムです ―― ただし、あなたは、特殊なスキルもなければ、勇者でもなく、村人Aとして、真っ先に、魔王の手下に殺されるためだけに登場する、単なるモブです。
もっと現実的な話をすれば、突然、見たこともない人から「私は、あなたの夫だ」とか「息子/娘」と言われて、見たこともない家の中に軟禁されている状態と恐怖 ――
あるいは、突然、一度も体験したことのない海外に飛ばされて、見しらぬ人に取り囲まれ、聞いたこともがない言語で何か問われている状態と恐怖 ――
ここにいたくないけど、どこに帰りたいのかも分からない不安と恐怖 ――
分からないことを、素直に「分からない」と言うだけで、世界中の人が、鬼のような形相をして、叱りつけてきます。あるいは、自分の目の前で、突然泣き崩れる人もいます。
ならば、動かずに、黙って、何もせずに、何も考えないようにして、時が過ぎていくのを待つしかありません。
つまる所、認知症とは、終わりの見えない未知の恐怖と苦痛の連続なのです。
私たちは、いずれ、この異世界転生を強制されることを、覚悟しなければなりません。
では、これから、私たちが、何を覚悟しなればならないかを、思い付くままにピックアップしてみます。
(1)日常的なことができなくなっていく苦痛
(2)明日が分からないという苦痛
(3)異世界に生きるという苦痛
(4)自分が自分でなくなっていく苦痛
私たちは、いずれ、こういう世界で生きることになるのです。では、私たちにできることは何か ――。
―― 諦める。
この一択です。
私たちには、異世界で惨めに生きていく人生が待っています。ならば、今から、それに備えて訓練をすべきです。それはどんな訓練であるかというと、
―― というような、いずれやってくる「異世界生活」を生きるための訓練です。
これは、あなたが今日からでもできる訓練で、多分、このように振る舞えるようになれば ―― まあ、出世はできないかもしれませんが ―― 恐らくは多くの人の、あなたに対する印象は良くなると思います。
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