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見張れ! ラズパイ 〜実家の親を熱中症から救え江端さんのDIY奮闘記 介護地獄に安らぎを与える“自力救済的IT”の作り方(3)(7/7 ページ)

» 2019年12月26日 11時30分 公開
[江端智一EE Times Japan]
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「脳」と「体」の稼働期間は同期してくる?

後輩:「今回の『認知症=異世界への強制転生』のパラダイムは良かったです。しかも『勇者』でも『剣士』でもなく、『真っ先に殺されるモブ』としての転生は、生々しくて、非常によかったです」

江端:「そう?」

後輩:「しかも、この、異世界強制転生から誰も逃がれられない、という覚悟の迫り方も、すごくよかったです。それと、「"脳"の稼働期間」と「"肉体"の稼働期間」の非同期についても、そろそろ誰かが言い出す頃だと思っていました」

江端:「今回、記載しなかったんだけど、今、どんなに「異世界転生」のパラダイムを理解したとしても、そのパラダイムすら覚えていられないほど、脳が壊れてしまえば、結局のところ、そんな覚悟すらも意味がなくなってしまんだけどね」

後輩:「じゃあ、どうすればいいんでしょうか」

江端:「一つの仮説だけけど、考える能力、判断する能力を全部失ってなお、良い余生を過す方法があるとすれば、『誰からも"愛らしい"と思ってもらえるような人格』に、今から自分を改造しておくことだ、と思う

後輩:「『愛らしい』ですか? 江端さんのコラムに似つかわしくないフレーズですね」

江端:「この話、『異世界強制転生』と同程度に重要なことだと思っているので、次回以降に回すよ」

後輩:「分かりました。今回に関しては、後半の技術編のラズパイの話も良かったです」

江端:「え? 本当に?」

後輩:「ええ、実験とか、試作とかではなく、本気で役に立つアプリケーションとしてのラズパイの話として秀逸でした。書き方が今一つでしたけどね」

江端:「良いのか、悪いのかはっきりしてくれないか」

後輩:「ターゲットがはっきりしていないんですよ。ラズパイ構築に精通している人であれば、あの内容ではくどいし、逆に、ラズパイに一度も触ったこともない人にとっては、難しすぎる」

江端:「じゃあ、一体、どうしろと」

後輩:「今回のコラムの内容に合わせるのであれば、江端さんは、後半を『江端さんと学ぶ、実家見守りラズパイの作り方』という題目のマンガ(*)で描くべきだったのですよ」

江端:「無茶言わんでくれ。絵はイラスト描くだけで精一杯なんだから」

(*)といいつつ、実際に私も、GitHubとDockerとAWSは、「わかばちゃんシリーズ」で、勉強を始めました(https://twitter.com/i/moments/791248417162874881)

後輩:「では、今回のコラムについての真面目な話を始めましょう。江端さんは、このコラムで、現在の年齢寿命の増加は、単に介護期間を長くしているに過ぎない、という仮説を立てていますよね」

江端:「良い悪いは論じていないし、この話は仮説の域を出ていない。ただ、データを見た限りでは、そうなるというだけの話だ」

後輩:「私の方も仮説ですが、もしかしたら、これから「"脳"の稼働期間」と「"肉体"の稼働期間」は徐々に同期してくるかもしれませんよ」

江端:「え? どうしてそうなる? 私は、今後、非同期がさらに開いていくとしか思えないんだけど」

後輩:「江端さんの作ったグラフを見てみると、太平洋戦争のちょっと前に生まれた人が、ちょうど年齢寿命の年齢になります」

江端:「それで?」

後輩:「江端さんもグラフの中に記載していますが、梅毒や結核の特効薬、天然痘の撲滅、はしかの予防接種が登場したのは、彼らが成人してしまった後です。つまり彼らは、それらの恩恵を受けていないということです」

江端:「うん。それは正しいと思う」

後輩:「だから、現時点での高齢者の中でも、特に老人といわれている世代の人は、そのような「大量殺りく型の病原菌に対して、特効薬も予防接種もない時代を生き残った異常個体」なんですよ」

江端:「異常個体って……」

後輩:「つまり、現時点の要介護の老人については、脳の稼働期間に対して、肉体が強すぎた ―― という仮説が成立するのです」

江端:「いや、ちょっと待て。私は、その仮説は支持できない。特効薬も予防接種もない時代を生き残る私たちは、今後、さらに肉体の耐久期間を延ばすことになり、その結果、非同期がもっと悪化する、という、まったく逆の仮説も成りたつぞ」

後輩:「ええ、ただ、これまでの高齢者介護と、これからの高齢者介護の様相は、連続値的な変化ではなく、非連続的で劇的な状態変化が発生する可能性がある、ということなのです」

江端:「例えば、それは、今後、寿命年齢が悪化(低下)することによって、介護問題(主に財政的な問題)が解決されていくという、未来か?」

後輩:「その真逆のケースもありえます。目下のところ最もありそうなことは、ガンの特効薬の発明ですね。これが出てきたら、良くも悪くも、非連続的な劇的な状態変化は、確定的でしょう」

江端:「普通は、それは喜ばしいことなんだけどなぁ」

後輩:「未来の技術は予想できませんが、認知症などの脳の機能低下に対して、ペニシリンやストレプマイシンに相当するような、劇的な特効薬が発明されると、江端さんの仮説も、私も仮説も、根底から吹っ飛びますが」



江端:「それにしても、この連載を始めて、ずっと考え続けているんだけど、一体『私たちは、何歳まで生きたら幸せ』と言えるんだろうな」

後輩:「哲学的な問いかけですが、まあ普通に考えれば、大半の人間は、平均値(寿命年齢)を超えれば、『元を取った』程度の気持ちで生きていると思います」

江端:「『元を取る』って何に対して?」

後輩:「そうですねえ。あえて上げるとすれば……国家? 納めた税金から、社会保障費分を取り返した、とか」

江端:「生々し過ぎるなぁ」


Profile

江端智一(えばた ともいち)

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。


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