慶應義塾大学は、ニッケルとシリコンの複合材料を用い、逆方向のスピン波(磁気の波)振幅を、順方向に比べ12分の1以下に低減できることを発見した。
慶應義塾大学大学院理工学研究科の立野翔真氏(修士課程1年)と理工学部教授の能崎幸雄氏は2020年4月、ニッケル(Ni)とシリコン(Si)の複合材料を用い、逆方向のスピン波(磁気の波)振幅を、順方向に比べ12分の1以下に低減できることを発見した。スピン波ダイオードの開発やスピン波デバイスの実現に弾みをつける。
スピン波は、磁石の中を低いエネルギー損失で高速に伝わることから、次世代の情報伝達媒体として期待されている。特にスピン波の励起法として最近は、「レイリー波」と呼ぶ音波を用いたスピン波励起法が注目されている。減衰なしにミリスケールの伝搬が可能なためである。
ところが、「スピン波の非相反性」について、その起源は十分な解明がなされていなかった。このため、厚み数十ナノの磁石を用いた場合に、スピン波デバイスで非相反性によるスピン波の整流動作を実現することが難しいなど、集積化に向けて解決すべき課題もあった。
研究グループは今回、厚み20nmのNi磁石上に、厚み400nmの半導体Siを組み合わせた複合材料を作製した。この試料にレイリー波を注入し、発生するスピン波の非相反性を電気的に評価した。
具体的には、圧電基板の上にSAWフィルター素子を作製、レイリー波を生成/検出する一対のくし型アンテナの間に、複合材料を貼り付けた。複合材料にレイリー波を注入すると、Ni磁石の格子が高速に振動し、スピン波が生成される仕組みだ。レイリー波には、「縦ひずみ成分」と「せん断ひずみ成分」が含まれており、せん断ひずみ成分がスピン波の非相反性を生み出す要因と考えられていた。
今回の実験結果から研究グループが注目したのは、縦ひずみに対するせん断ひずみの比率が、複合材料の表面から深くなるほど大きくなったことだ。このデータから、複合材料の表面より深い位置に磁石を埋め込むことで、極めて薄い磁石でも非相反性スピン波を生成できると予測した。
また、Niの磁気に対して順方向と逆方向に伝搬するスピン波強度を測定した。厚み400nmのSiを貼り合わせることでスピン波の非相反率は1200%に達することが分かった。この数値は従来に比べ10倍以上も大きい非相反性だという。
非相反率のSi厚み依存性も調べた。Ni薄膜が複合材料の表面からより深い(Siが厚い)ほど、非相反率が大きくなった。非相反率増大の主因がせん断ひずみであることを実験的に解明した。この手法は、半導体や磁石の材料に限定されないため、スピン波ダイオードの実現に向けて、材料設計の自由度も高いという。
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