筑波大学らの研究グループは2020年5月、実質的に偽造や複製ができない光認証デバイスを開発した。書き込み可能な光メモリなどへの応用も期待される。
筑波大学らの研究グループは2020年5月、実質的に偽造や複製ができない光認証デバイスを開発したと発表した。書き込み可能な光メモリなどへの応用も期待される。
今回の研究は、筑波大学数理物質系の山本洋平教授や同大学院数理物質科学研究科の岡田大地(現在は理化学研究所研究員)氏らと、立教大学理学部の森本正和教授や同未来分子研究センターの入江正浩客員研究員・副センター長、物質・材料研究機構の長尾忠昭グループリーダーや三成剛生グループリーダー、石井智主幹研究員らとドイツのライプニッツ光技術研究所が共同で行った。
偽造や複製を防止するため、さまざまな認証技術が用いられている。本人確認のための指紋認証はその代表例である。研究グループでも、偽造や複製が困難で、安全性をより高めるための認証デバイスを開発してきた。
今回、研究グループが注目したのは、光共振器の中でも複雑なスペクトルパターンを示す「ささやきの回廊(WGM:Whispering Gallery Mode)共鳴発光」である。共振器の材料には、発光特性を切り替えることができる「酸化型ジアリールエテン(DAE)」を用いた。
DAE分子を用いて作製したマイクロ半球体アレイは、開環状態ではほとんど発光しないが、紫外線を照射すると閉環状態となり、黄色く発光する。これに可視光を照射すれば開環状態となって発光しなくなるという特性を持つ。つまり、紫外光や可視光を照射することで書き込みと消去を行うメモリ機能を持つことになる。各ピクセルはWGMにより固有のスペクトル(スペクトル指紋)を示すことも分かった。
実際に、溶液中でDAE分子を自己組織化させたら、粒径が数マイクロメートルの球体となった。このマイクロ球体を光で励起すると黄色く発光。これに可視光を照射し開環状態に変化させると、発光は観測できなかったという。
さらに、マイクロ球体1粒子のみを光で励起させて、発光スペクトルを観測した。この結果、粒子はWGMパターンを示し、光が球体内部に閉じ込められてWGMが発生していることが明らかとなった。この粒子に可視光を照射したら、WGM発光はほぼなくなった。これらの実験から、粒子ごとに発光のオン/オフを切り替えられることが分かった。
研究グループは、基板上へDAE分子の溶液をしずく状にして落とし、溶液をゆっくり蒸発させてマイクロ球体を形成する実験も行った。球体は扁平(へんぺい)楕円(だえん)体となり、これに光を照射して発光スペクトルを測定した。この結果、複雑に分裂したWGMパターンが観測された。この要因は、「形状の対称性が低下したことによる構造のばらつきによるもの」と分析している。しかも、同一のWGMパターンは1つも確認されなかったという。
基板上にDAE分子を自己組織化する手法も比較的簡便だという。あらかじめ親水疎水のマイクロパターンを基板表面に形成しておく。その上にDAE溶液を滴下して薄膜を形成する。そして、乾燥と溶媒蒸気アニール処理を行えば、自発的に約5μm周期でDAEのマイクロディスクアレイが形成される。こうして製作した開環状態のDAEマイクロディスクアレイに紫外線を照射すると、「アレイ全体」や「局所的」に発光状態へと変えることができた。
研究グループは、開環型のDAEマイクロ半球体アレイに対し、フォトマスクを用いて特定の部位に紫外線を照射し、分解能がマイクロメートル級という絵を描画する実験も行った。この結果、同じように見える絵画でも、スペクトルパターンの違いによって、それぞれの絵を識別できるという。
研究グループは今回、半導体チップの認証に用いられている物理複製困難関数(PUF:Physical Unclonable Function)を光共振器に適用することで、新たな光認証デバイスを開発した。分子集合体もさまざまな形状を作製することができる。また、発光状態(データ)を消去するには、光照射を長時間行う必要があるため、長期間のデータ保持が求められる光書き込みメモリとしての応用も期待できるとみている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.