後輩:「電力と計算資源を消費するだけの“旗取りゲーム”と看破された点は見事です。でも、江端さん、実際のところ『なぜ、世間はこの技術(ブロックチェーン)に、それほど騒いでいるのだろうか?』と不思議に思っているんじゃないんですか?」
江端:「うん……正直に言えば、その通り。既存のITの技術を「複雑化」しただけ、という風に見えるんだよね。例えば、公文書改ざん問題であれば、暗号化して電子署名を付与したファイルを、ネット掲示板にでも放り込んでおけば、それで足りると思う。何もブロックにして、さらにチェーンにするなんて、大げさなことしなくても、と思っている」
後輩:「それと、江端さんは、コンセンサスアルゴリズム、いわゆる“旗取りゲーム”についても、そんなに違和感ないんじゃないですか?」
江端:「正直に言えば、イーサーネットのCSMA/CD方式、トークンリング、EtherCAT*)のように、送信権の争奪と、通信の公平性を担保する技術と、基本的には同じように見える」
*)連載:「江端さんのDIY奮闘記 EtherCATでホームセキュリティシステムを作る」
後輩:「江端さんが根本的に誤解している点がそこです。いいですか、江端さん。もはや、この世界には、スマホ同士やPC同士で通信するネットワークなど『存在していない』のです」
江端:「……え? 何言っているの……」
後輩:「いいですか、今のネットワークとは、スマホが、Wi-Fiのアクセスポイントかキャリアの基地局を見つけて、そこからクラウドに到達して、クラウドからスマホにメッセージが落ちてくる ―― この一種類しかありません」
江端:「はぁ?!」
後輩:「つまりですね、もはや、この世の中には、上に行って下に落ちてくるだけの「上下通信」しかないんですよ」
江端:「何をバカなことを……」
後輩:「江端さんは、ビットコインやブロックチェーンの本の中で『P2Pネットワーク』という言葉を、山ほど見たはずです。そんでもって、『なんでこんな話をわざわざ記載しているんだろう』と疑問に思ったはずです」
江端:「ああ……うん、そう。『P2Pネットワーク』って、ネットワークの形態は違えども、いわゆる「ローカルエリアネットワーク(LAN)」や「フィールドLAN」と同じパラダイムだろう、って思った」
後輩:「江端さん。驚かれるかもしれませんが、今の世の中には、スマホやPCが、クラウドを介さずに通信する、などという考え方はありません。スマホやPCが通信している相手は、Wi-Fiのアクセスポイントか基地局だけです」
江端:「なん……だと……?」
後輩:「江端さんには、別段、不思議でも何でもない、ごく当たり前の”LAN”の思想は、もう10年以上も前に消滅しています。『スマホがスマホと直接通信する、PCがPCと直接通信する』――この『P2Pネットワーク』という革新的な新技術の登場に、世間は驚き、そして、踊っているのです」
江端:「その程度の話が……『革新的な新技術』……だと?」
後輩:「私は、江端さんに残酷な事実を知らせてしまったかもしれません。しかし、江端さんがこれからも「バズワード」についての連載を続けていけば、こういう、既知の技術を新技術と言い張るバズワードを、これから、いくつも見つけていくことになると思います」
江端:「……」
後輩:「この「ブロックチェーン」というバズワードは、前回の「量子コンピュータ」と、全く性質を異にするバズワードです。前回のように「技術的に全く訳が分からん」ではなく、「技術的にはおおむね理解している」という江端さんのエンジニアとしての資質が、江端さんの心を折り、精神を蝕んでいくだろう、と思います ―― ほぼ確実に」
江端:「……」
後輩:「取りあえず、本シリーズの初回に際しまして ――『御愁傷様です』と申し上げます」
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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