産業技術総合研究所(産総研)は、第一原理計算シミュレーターとAI技術を連携させることで、実験データと同等の電気伝導度を計算する基盤技術を開発した。研究成果を用いると、材料の開発期間を大幅に短縮できる可能性がある。
産業技術総合研究所(産総研)機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センター量子化学・分子シミュレーションチームの中村恒夫研究チーム長とMarius BUERKLE主任研究員らは2021年4月、第一原理計算シミュレーターとAI技術を連携させることで、実験データと同等の電気伝導度を計算する基盤技術を開発したと発表した。研究成果を用いると、材料の開発期間を大幅に短縮できる可能性がある。
材料の開発においては、開発期間の短縮が強く求められている。このためにはこれまでの経験と勘に基づく手法から、データを活用した材料設計が必要となる。例えば、AI(人工知能)を活用した逆問題予測などである。ただ、これを実現するには、予測に必要な良質のデータを大量かつ広範に生成する手法などを開発する必要があるという。
産総研は、材料開発の期間短縮を目標とする「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」(超超PJ、2016〜2021年度)に取り組んでいる。この中で、AIを用いた計算シミュレーションの順問題解決能力の高度化研究などを行ってきた。
そして今回、第一原理計算シミュレーションと深層学習を連携させた材料機能推定手法を開発した。その手順はこうだ。まず、材料を構成する全原子の相対的位置情報を局所的情報に単純化した。これを記述子とし、同時にさまざまな構造や組成に対する電気伝導度の第一原理計算シミュレーションを行い、得られたデータを深層学習法によって学習させた。
記述子は、第一原理計算が直接適用できないような大きいサイズ領域の記述子を構築することができるという。この記述子と電気伝導度を双方向に関連付けるよう、学習によって決められた層を多層化し、その配列を設計した。この結果、大きいサイズ領域における記述子と電気伝導度をひも付けすることが可能となり、極めて高い精度で電気伝導度が予測できることを実証した。
学習用に作成した第一原理計算による電気伝導度の計算結果値と、学習済みの深層学習AIからの予測値を比較したところ、よく一致していることが分かった。予測の精度を表す決定係数(R2)は極めて1に近い値となった。
学習に用いていないデータでも検証を行ったところ、予測値と計算結果値はよく一致しており、決定係数も極めて1に近い値であった。このことから、学習データ領域より大きいサイズ領域でも、極めて良好な推定結果が得られることを実証した。
開発した技術が、計算シミュレーションのサイズ制限を受けないことも検証した。実験では、金属ロッドに対し引張と圧縮を繰り返し与えながら、同時に電気伝導度を計測解析する破断接合実験法を用いた。
まず、破断接合過程を計算によりシミュレーションした。ここで得られた構造を入力データとして用い、深層学習法によって電気伝導度を推定した。推定したヒストグラムは、破断接合実験で得られたデータに対して再現性が高く、仮想実験技術として極めて高いレベルにあることが分かった。
情報科学技術を用い、新材料や代替材料を効率的に探索するマテリアルズ・インフォマティクス(MI)分野で、計算シミュレーションとAI技術を連携させ、シミュレーションの加速に成功した例はこれまで1つのみだという。それは、ヨーロッパの有力材料インフォマティクス機関を中心に開発された「材料や分子を構成する原子の力場やエネルギーを予測する手法」である。今回の成果はこれに次ぐもので、電気伝導度のような物性の予測に関しては初めての事例だという。
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