東京工業大学の研究グループは、セレン化スズ(SnSe)の多結晶体にテルル(Te)を添加することで、熱電変換性能を30倍も向上させることに成功した。
東京工業大学物質理工学院材料系のホ・シンイ大学院生(博士後期課程3年)と科学技術創成研究院フロンティア材料研究所の片瀬貴義准教授、神谷利夫教授および、元素戦略研究センターの細野秀雄栄誉教授らによる研究グループは2022年3月、セレン化スズ(SnSe)の多結晶体にテルル(Te)を添加することで、熱電変換性能を30倍も向上させることに成功したと発表した。
熱電変換の効率を高めるには、「熱伝導率が低い」性質と「電気伝導度と熱起電力が高い」性質を兼ね備えた熱電材料の開発が必要となる。そこで研究グループは、SnSe多結晶体に対し、セレン(Se)と同価数のテルル(Te)イオンを添加するという、従来とは異なる方法で性能指数ZT([電気伝導度]×[ゼーベック係数]2×[温度]/[熱伝導率])を高めることにした。
実験ではまず、SnSe多結晶体にSnTeを添加して、熱処理を行い固相反応させた。そして、Seの位置をTeで置換するように組成を調整し、Sn(Se1-xTex)多結晶体を合成した。
次に、Sn(Se1-xTex)多結晶体の電気伝導度(σ)が、Teの添加量(x)によってどのように変化するかを測定した。この結果、0.5まで添加量を増やすと、室温のσが最大で4桁程度も増加することを確認した。正孔の濃度を測定したところ、Teの添加量が増えたことによって正孔濃度が増加し、σが大きく向上することが分かった。
SnSe結晶中のSeとTeの荷電状態についても、大型放射光施設SPring-8のX線光電子分光を用いて調べた。これにより、「Se2-」と「Te2-」の状態で存在していることが分かった。「SnSeのSe2-位置にTe2-イオンを置換するなど、同価数のイオンを添加することで大幅にキャリア濃度が増加するのは珍しい現象」という。
さらに、高い電気伝導度を実現したSn(Se0.6Te0.4)多結晶体について、その熱電変換性能を確認した。SnSeにTeを添加することでσが大幅に上がり、全温度領域で出力因子(温度差1℃から得られる電気出力)が大きく向上。同時に、熱伝導率は大幅に減少した。
300℃におけるSn(Se0.6Te0.4)とSnSeの出力因子、熱伝導率をそれぞれ比較したところ、出力因子は10倍に向上、熱伝導率は3分の1に低減した。この結果、Sn(Se0.6Te0.4)はZTが0.62となり、SnSeに比べ30倍となった。
高い電気伝導度と低い熱伝導率を同時に実現できるメカニズムを、第一原理量子計算により解明した。Sn(Se1-xTex)は、SnイオンとSe/Teイオンが結合した構造である。
Seイオン(1.98Å)に比べ、Teイオン(2.21Å)は大きいため、Sn-Teの結合距離が長く、結合力も弱くなり結合が切れやすいという。結合が切れてSnが抜けると正孔(h+)が生成される。Teの添加量が増えるとSnの欠損量も増加し、正孔の濃度が高まって電気伝導度が向上した、と分析している。
また、SnSeは、SnとSeが互いに振動することで熱を伝搬させる。Sn-Teは結合力が弱く、振動数は小さいため、熱の伝達エネルギーも小さくなる。これにより、熱伝導率が減少することが分かった。
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