このあたりから、シバタ先生と”K”さんとの間で、メールのやりとりがされて、話題が「国内ワクチン」「不活化ワクチン」そして、「新型コロナ後遺症と食物アレルギーの関係」に移っていきました。
“K”さんは、実績のないmRNAワクチンではなく、これまで実績のある「不活化ワクチン」、あるいは「国内ワクチン」であれば、『(”K”さんの)ワクチン接種に対する恐怖が小さくなる』かもしれない、と考えられているようでした。
また、前述のように、”K”さんは、生命の危機を感じるようなアレルギー反応や、救急搬送を経験しているので、「新型コロナ後遺症と食物アレルギーの関係」について、並々ならぬ関心があるのは当然と言えました。
この”K”さんの話題に対する、シバタ先生の回答メール(を江端が編集(大幅に割愛)したもの)を公開します*)。
*引用文献が記載されたメールの全文はこちら
1. “K”さんのご懸案に関する【続き】
お手紙の内容から、下記の2つの追加のCQ(クリニカルクエスチョン)をいただいたと理解いたしました。
【CQ.5】 不活化ワクチンの安全性、有効性、また、mRNAワクチンに忌避感がある場合に国内で不活化ワクチンが使用可能になるまで待つことに意味はありますか
【CQ.6】 新型コロナ後遺症と食物アレルギーの間に相関はありますか
上記のCQに関しまして、個人的見解を述べさせていただきます。
2. Clinical Question(CQ)【続き】
【CQ.5】 不活化ワクチンの安全性、有効性、また、mRNAワクチンに忌避感がある場合に国内で不活化ワクチンが使用可能になるまで待つことに意味はありますか?
【A.5】 意味はあります。しかし、我が国における開発状況や、国際政治の観点からは『厳しい』と思います。
(A) 中国製メーカー製ワクチンとチリでの接種状況について
一つ、私のこれまでのコラムの中で詳述を避けた話題がありました。中国メーカー製ワクチンについてです。
理由は
(1) mRNAワクチンの効果が凄い(圧倒的である)こと、
(2) 中国メーカー製ワクチンが、日本で出回ることはないだろうという予想したこと、
(3) 中国の自画自賛にシバタがドン引きしてしまったこと(参考)
(4) 中国メーカー製ワクチンを積極接種していたチリにおいて、2021年6月に接種割合が6割を突破しても流行の勢いがまったく抑えられていなかったこと、
などが、言い訳としてあげられます。
ちなみに、その後チリの感染状況はいったん落ち着きましたが、オミクロンにより感染は再拡大しています。
中国メーカー製ワクチンの話題を突然始めた理由は、中国メーカー製ワクチンは不活性化ワクチンだからです。まずは、以下、世界で1番使用頻度が高く、それに伴って最も臨床データが多い不活化ワクチンである中国メーカー製ワクチンについて記載することにします。
チリは西欧メーカーからmRNAワクチンの獲得に失敗しています(シバタ主観)。その代わりとして、親中華大統領の主導により中国メーカー「シノバックス」製ワクチンである「CoronaVac」を積極的に輸入し、相当な速度で接種を進めました。
2022年2月13日現在、
- 92.6%が1回以上
- 89.4%が2回以上
- 69%が3回以上
の接種を終了しています。15歳以下の年少人口が19.5%ということを加味すれば、この数値は驚異的です。
チリの人口は1912万人ほどとされておりますが、そのうちの1020万人、実に人口の半分を研究対象とした臨床研究結果が世界で最も権威ある臨床医学雑誌に掲載されました*)。
*)Jara A, Undurraga EA, Gonzalez C, et al. Effectiveness of an Inactivated SARS- CoV-2 Vaccine in Chile. N Engl J Med 2021, doi:10.1056/NEJMoa2107715.
結果を抜き出しますと、2回接種を受けた人では、性別と年齢で調整されたワクチンの有効性は、
- COVID-19発症予防効果に対して65.9%、入院予防効果90.3%
が観察されました。
しかし、
- ファイザー製ワクチン(BNT162b2)で95%の発症予防効果、
- モデルナ製ワクチン(mRNA-1273)で94.1%の発症予防効果
が報告されたことに比較してしまうと、効果は見劣りします。
しかし、現在でも日本で接種可能である
- アストラゼネカ製組換えアデノベクターウイルスワクチンの発症予防効果70.4%
に比較すればCoronaVacの効果は遜色の無いものとなっており、不活化ワクチンを選択することは非合理的とは言えないと思います。
(B) 不活性化ワクチンに関する歴史とノウハウについて
不活化ワクチンには、長い歴史と積み上げられたノウハウがあります。インフルエンザワクチンに代表される、なじみ深いワクチンです。
効果としては、チリの報告が正しければ不活化ワクチンとしては非常に効果が高い部類だと思います。なぜか有効性についての各国からの報告にはバラツキがあるようですが(参考)、全くの無効ということはないようです。もし接種可能であるのなら、不活化ワクチンは十分に選択肢に挙げられると考えます。
(C) 国内における不活性化ワクチンの接種の可能性について
日本で早期に不活化ワクチンが接種可能となるためには、
(1)ワクチン外交において、西欧と中国の二刀流(コウモリ外交とも言う)を認めてもらえるように慎重に根回しをする、
(2)岸田総理大臣が中国に頭を下げる、
の2点が必要と思います。
恐らく、中国は喜んで受け入れてくれると思いますが、コウモリ型の行動は西欧首脳の反感を買い、西欧ワクチン供給網から政治的にはじき出されてしまって、ファイザー社、モデルナ社製ワクチンの供給が不安定になる可能性があります。
また、参院選前に岸田総理が中国製ワクチンを導入する決断を下せるかどうかですが、彼には無理だと思います(シバタ主観)。
国内における不活化ワクチン開発状況ですが、KMバイオロジクス(東大医科研/感染研/基盤研)が2021年10月から第II/III相試験を開始する事になっているようです(現時点での進捗の状況は不明です)。補助金も数百億円投じられています(参考)。
予測される効果についてですが、中国メーカー製不活化ワクチンの公式報告を超える成績は、正直望みは薄いです。同等の効果が出れば御の字と思います。
結論として、接種可能な選択肢として同時に並んでいるのであれば、不活化ワクチンを選択することに意味はあると思いますが、現実に、日本国内において不活化ワクチンの接種が可能な状況になるかは分かりません。
【CQ.6】 新型コロナ後遺症と食物アレルギーの間に関連はありますか?
【A.6】 現在のところ、食物アレルギーと新型コロナおよび新型コロナ感染症後遺症の間に明確な関連があるという報告はないようです。
“K”さんからのお手紙の中に「甲殻類と牡蠣を摂取した後にアナフィラキシー様症状を発症し、新型コロナ後遺症とこれらとの間になにか相関関係があるかどうか疑問を持った」とのお話がありました。
(A)I型アレルギーについて
まず、前提条件として「I型アレルギーとはなにか」をざっと表にまとめておきます。
食物が原因でじんましんが出現したとのことですので、「アレルゲンの侵入→IgE抗体がアレルゲンを認識→肥満細胞(免疫細胞の1種)の過剰反応」という一連の流れが体内で起こったということになります。
「何に対して」「どこに」「どれくらいの強さで」「どのように」反応が出たのかによって、アトピー性皮膚炎、気管支喘息、じんましん、花粉症、アナフィラキシーショック、食物アレルギー、アスペルギルス症、そしてアナフィラキシーショック等々、同じカテゴリーに分類される病態でもさまざまな病名が割り当てられています。
(B)I型アレルギー反応と新型コロナ感染症およびその後遺症の関連について
このI型アレルギー反応に新型コロナ感染症およびその後遺症が関与しているかどうかについてですが、はっきりとした関連を示す論文を見つけることはできませんでした。
また、同じI型アレルギーに分類される喘息について、当初小児科の間で増悪因子となる可能性について懸念されていたようですが、当初なかなか関連がはっきりしませんでした(参考)。
逆に、その薬物治療によってCOVID-19に対して有効に働く側面もあるようで(参考)、さらなる検討が必要というのが、現時点の状況のようです。
上記報告はいずれもコロナ後遺症の中に、食物アレルギーの頻度の増加が含まれる可能性を否定するものではありません。
じんましんは、疲労やストレスが誘因となることは広く知られており、普段は問題なく食べている食品でも、ストレスや疲労が蓄積したときに食べるとじんましんが出ることがあります。
新型コロナ後遺症による身体的疲労、また流行の再拡大という環境から受けるストレスが、複合的に甲殻類アレルギーの引き金になった可能性はあると思いますし、普段であればじんましんで済むものがアナフィラキシーの定義に相当する症状を引き起こす可能性もあると思います。
また、じんましんは大変に奥が深い病態で、食事プラス運動で誘発されるものがあったり、ストレスだけで誘発されるものがあったり、他の全身疾患の症状の一つだったり(参考)とじんましんの背景は多種多様です。
ちなみに、私も若い頃に当直明けで甲殻類を摂取し、四肢体幹に広範囲にじんましんが出現したことがありました。「血圧の低下なし」「呼吸症状なし」「腹痛なし」でしたのでアナフィラキシーを除外してじんましんと自己診断したものの、あまりにかゆみが強く、救急外来で点滴を打ってもらった記憶があります。
以上を追加のクリニカルクエスチョン(CQ)に対する回答とさせていただきます。
3. 科学と政治と陰謀論に関するシバタ所感
科学は絶対的真実を保証するものではありません。しかしながら、主観だけで話を進めるよりも正解にたどり着く確率が高いので、相対的に有利なツールとして便利に利用しているという側面があります。
私が最初にEE Times Japanへメールの転載を許諾させていただいたのは、シバタが引用する文章が偏っていたり新しすぎたりして、「これは疑ってくれる人に読んでもらわないと危ないかもしれないな」と感じたからです*)。
*)「ある医師がエンジニアに寄せた“コロナにまつわる現場の本音”」
引用する文献とその解釈を一歩間違えると陰謀論のダークサイドに真っ逆さまに落ちてしまうのが、引用を多用したレビュー形式の怖いところです。
細心の注意を払って”K”さんに有用と感じていただけるよう、引用には注意を払っているつもりではありますが、もし批判、疑問などありましたら遠慮無くおっしゃっていただければ幸いです。
シバタ
さて、"K"さんと、シバタ先生のメール交換が何往復かしたところで、私は、"K"さんの質問メールから始まった、この一連の膨大なメールを、コラムとしてまとめようと考えました。
そこで、EE Times JapanのMさんにこの企画を提案したところ、以下のメールをいただきました。
オミクロンの感染者がピークアウトしても、ワクチン接種の是非に関する議論は、これからも残ると思います。ちょうど私の方も、そろそろ「エバタ・シバタコンビ」のコロナコラムをお願いしてもいいかもしれない、と思っていたタイミングでした。
ここから、"K"さんプロジェクト、通称「Kプロジェクト」を本格的に始動しました。
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