以上、”K”さんの「恐怖」からスタートした、この「Kプロジェクト」は、「コロナ後遺症」「アナフィラキシー」からさかのぼって、コロナ感染、または、コロナワクチン接種によって現実に起きうるADE(抗体依存症感染増強)という、恐ろしい脅威にたどりつくに至りました。
そして、この脅威についても、やはり「(1)現状はその現象が確認されていない」が、「(2)未来のことは未来になってみなければ分からない」、という点では、これまでの7回のコラムの結論と、なんら変わりはありません。
そして、今回の検討結果は、「母集団としての安全」を担保するものであったとしても、”K”さん個人の「個としての恐怖」を覆(くつがえ)すには至らない、という結論に帰着すると思います。
そして最初に述べた通り、シバタ先生と私の過去7回のコラムに加え、今回のコラムもまた「社会的課題に対するアプローチ」と「個人的事情に対するアプローチ」の両方において不十分であり ―― 恐らくは、「永遠に解決できない問題」であると結論づけるしかないと思います。
それにしても、なぜ、”K”さんと、シバタ先生と私(江端)は、こんなにも遠ざかってしまったのだろうか ―― これについて”K”さんのプロフィールでご紹介した通り、”K”さんの個人的な事情(体質とか、過去または現在の病歴)に因るところが大きいのですが、これは、逆に見ると、私たちの個人的な事情にもあるのです。
これについて、シバタ先生が、医療従事者の立場から、興味深い仮説を立てられています。
本コラムの最後に、"K"さんと、私たち(シバタ先生と私)の間に隔たる、「ワクチン接種への恐怖」に関する意識の違いが発生する理由について、シバタ先生の見解(CQラストナンバー)を開示いたします*)。
*)引用文献が完全に記載されたメールの全文はこちら
【CQ.11】 なぜ医師/医療従事者は心筋炎を怖がらない(脅威と思わない)のですか?
【A.11】 一般人と医療従事者の「感性」が、少しずつ離れていくから、と思われます
生まれた直後であれば、医療従事者全体と”K”さんが「子供だった頃の感性」には、きっと大きな差は無かったに違いなかったはずです。
そこで、ここでは「医療従事者という領域に進んだ人間の感性が、いわゆる一般人の感性から徐々に解離して『ワクチンの副反応による心筋炎』という言葉に対する印象に差が生まれていくのではないか?」という仮説を立ててみました。
一般人と医療従事者の「感性の差を生み出していくもの」を可視化することでお互いの理解が深まるのではないかと思い、考察してみます。
理由1:医療従事者は、薬物による副反応リスクの低確率を実体験し続けているから
医師・看護師・薬剤師をはじめとする医療関係者は、職業柄として薬剤投与に接する機会がとにかく多いです。
日常診療における診察人数だけでもぼちぼちの人数になるのですが、病院単位で考えると規模にもよりますが1日だけで数百〜数千例の処方があり、1症例に複数の投薬も普通にあるために数万/日の薬物の投与経験が蓄積されていきます。
にもかかわらず、重大な副反応(アナフィラキシーを含む)を経験することはめったにありません。実際に死亡に至るような重大な副反応は、年に1回も遭遇しないこともまれではありません。
院内で命に関わるような薬剤の重大な副作用が出れば注意喚起という意味で、薬剤部経由なり医療安全委員会なり部長会なりで、情報共有がされますので、「重大な副反応は報告通りに確率が低い」「ベネフィット>>リスクである」という経験を常日頃から積むことになります。
確率を実体験として「体感」し続けています。「重大な副反応なんて、まず起こりっこない」と洗脳(?)されている、と、言えなくもありません。
理由2:薬剤の有用性を目の当たりにし続けているから
ワクチン接種が急速に進んだ時期に発生した第5波において、
- ワクチン接種者に中等症、重症患者が比較的少なかったこと、
- 逆に中等症、重症患者に占めるワクチン非接種の割合が明らかに多かったこと
を医療従事者は肌で実感しています。
また、それはデータの上でも裏付けられています(参考)。
菅総理の「ワクチン1日100万回作戦」の後の重症化率低下の成功体験は、医療関係者にとって劇的でした。
現在では
- 多くの人が既にワクチン接種を済ましてしまっていること、
そして
- ブレイクスルー感染が相当数あること
などから、ワクチンの効果が見えにくくなってしまっています。
しかし統計をこまかく見ていけば、オミクロン株が中心となっている第6波においても、60歳以上の重症化率と死亡率を比較するとワクチン接種・非接種間で5〜7倍ほどの差があります(参考1)し、罹患率を見ても明らかにワクチン2回接種者が有利です(参考2)。
逆に、若年での死亡率は両者ともほぼゼロで差がありません。
理由3:心筋炎について割とありふれた疾患であることを知識そして実体験として知っているから
心筋炎の有病率は10万人あたり10〜100人と少しくらいとされています(参考)。
この数字は世界における有病率の報告のまとめであり、日本で論じる時に数字を出す場合も似たようなものが使われているようですが、2009年の心筋炎ガイドラインにおいては軽症例の判定が困難のため実数は不明であるという潔い見解とともに「決して発症頻度の少ない疾患ではないであろう」との記載が見られます。
総じて、心筋炎は決して珍しくはない病態であり、軽症の心筋炎はかなりの数が見逃されていると推定されています。そして、軽症の心筋炎は診断される前に放置しておいても治ってしまうので、真の数字は闇の中です。
世界における有病率も、そのままをうのみにするというよりも「最低限度それくらいはあるよ」という下限と考えた方が良い数字だと思います。
日本の交通死亡事故は年間2.25人/10万人(2020年)だそうですから、数字で言えば心筋炎の患者数は交通死亡事故の10倍から100倍というスケール感ということになります。
もちろん、数字として珍しくない病態だからといって油断して良いわけではありませんので、その点は誤解のないようにお願いいたします。
交通事故と同様に同じ病名でもその病態と重症度はピンからキリまであり、劇症型の心筋炎と診断された場合にはその急性期死亡率は4割を超えるなど、決して油断できる病気ではありません。
理由4:新型コロナワクチン接種による心筋炎と、新型コロナ感染症による心筋炎の発症頻度を知っているから
そのような情報・知識を背景にして医療従事者は心筋炎を眺めているわけです。1年で国民の8割近くという超大量の人間がワクチンを接種したときに、ワクチン接種後の心筋炎の率が10代男性で100万人あたりで2〜5人くらいと思うと(参考)、
「ワクチン接種で胸痛に敏感になっているにもかかわらず例年の心筋炎の率を押し上げるような変化は生じなくて良かったなぁ」
と感じるとともに
「ワクチンのせいなのか、心筋炎の罹患とワクチン接種が偶然かぶっちゃったのか、こんなに率が少ないと区別するのはかなり難しいのではないかな?」
という疑問をもってしまったり……、これがシバタの正直な(最初の)印象でした。
その後、ワクチン間で接種後の心筋炎発症率(×死亡率)に差があることが明らかになり、それならばやはりワクチンは心筋炎の原因になっているのだろう、と考えています(英国の100万回接種に対してファイザー11件、モデルナ39件、アストラゼネカ4件の心筋炎が報告されました(参考)が有意差は不明です)。
それと同時に、ワクチン接種後の心筋症による死亡率(×発症率)とワクチンと関連のない心筋症死亡率(×発症率)を比較したときにその数に差が認められないというデータを厚生労働省がまとめています(参考)。
ワクチンとの関連を完全に否定することは困難ですので「絶対に安全」という表現ができないことも確かですが、厚労省は割と頑張ってデータをまとめてくれていると思います ―― アピールがうまくいっている、とも言いにくいですが。
さて、「ワクチン(全般の)接種後の心筋炎」と「新型コロナウイルスに感染したときの心筋炎」について報道を見たときに、どうも前者のほうが強調されているような気がします。ワクチンによる心筋炎の原因は、異物であるスパイクタンパクが血管内皮にくっついて炎症を起こすから(シバタ解釈による)です。
この際のスパイクタンパク質は、mRNAが分解された時点で減少に転じることがほぼ確約されています。いわば制御可能な炎症です。
これに対して新型コロナウイルスに感染してしまった場合にはスパイクタンパクを備えたウイルス粒子の増殖はその人の免疫に左右されます。平たく言うと、制御不能です。
では、
(1)ワクチンにより制御下で生産されるスパイクタンパクで心筋炎を起こす確率
と
(2)ウイルス感染による制御不能なスパイクタンパク/ウイルス粒子の増殖で心筋炎を起こす確率
は、どちらが高確率でしょうか。
答えは、後者(2)です。(『つまり、ウイルス感染による心筋炎の発生確率は、ワクチン接種によるそれより高い、ということ』 by 江端)
患者背景の調整をしていないので直接の比較は難しいのですが、感染によって心筋炎になる確率はワクチンが原因の心筋炎のざっくり5〜100倍くらいという計算になります(参考1および参考2)。
理由5:医療従事者は、常に「新型コロナウイルスの感染」にさらされている職業であり、自分の心筋症のリスクから逃れるために、「ワクチン接種」を選択するから
私たち、医療従事者にとって、
- 「一応はピークの目安がはっきりしており、かつ発症率と重症化率が低いことが報告されているワクチンによる心筋炎」
と
- 「ウイルス増殖による制御が不確実、かつ発症率と重症化率が高いことが報告されている新型コロナウイルス感染による心筋症」
を比較したときに、どちらがより脅威であるか? ―― これはひとえに「新型コロナウイルスに感染する/しない」で変わってきます。そして言うまでもなく、医療従事者は、感染リスクNo.1の職業です。
「ほぼ必ず感染するだろう」というハイリスクへの恐怖が、相対的ローリスクとされているワクチン接種を受け入れる(諦める)要因の一つと思います。
理由6:医療従事者は、ワクチン接種への同調圧力が働く環境で、働いているから
最後に、個人的にはワクチンへの恐怖はほぼゼロ(鈍感)でしたが、医師掲示板にも当初は「人類史上初の機序のワクチンかぁ……気が重い」「毒味役」「第3.5相試験」「医療従事者なのに打ってないとか許されない雰囲気あるよね」などなど、愚痴が多数派ではないながらもそれなりの数が並んでいた記憶があります。
しかしながら、前述の通り、ワクチンに対する圧倒的な「プラスの情報>>マイナスの情報」に接し続けている医師・医療従事者という立場の中で、同調圧力が働いていたことは認めざるを得ないと思います。
このように、医療従事者は
- 専門知識・臨床経験という(一般の人には得られない)アドバンテージ、と
- 眼前のリスク、と
- 同調圧力、と、によって
一部半強制と、諦めと、悩む時間を与えられないという、切迫した状況下で、悩むこと無く(悩むことを許されずに)、ワクチン接種を選択できた
のだと思います。
……大丈夫です。少なくとも私個人は、自分の意志でワクチン接種を選択しました。したはずです。洗脳や無意識の強制はされていないハズ……です。
シバタ
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