東京農工大学と九州大学の研究グループは、有機薄膜の自発分極や電荷輸送特性を精密に制御することで、耐久性に優れた有機ELデバイスの開発に成功した。
東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門の田中正樹助教と九州大学最先端有機光エレクトロニクス研究センターの安達千波矢教授らによる研究グループは2024年7月、有機薄膜の自発分極や電荷輸送特性を精密に制御することで、耐久性に優れた有機ELデバイスの開発に成功したと発表した。
有機ELはディスプレイとして広く用いられている。ただ、駆動耐久性については課題もあるという。その要因は、「電荷−励起子」あるいは「励起子−励起子」の衝突による励起子消光だという。励起子消光を抑えるには、発光層内における電荷や励起子の蓄積密度を最小化する必要がある。
「有機薄膜の自発分極が電荷蓄積を引き起こし、有機ELの耐久性を低下させている」ということも分かった。有機薄膜の自発分極は、真空蒸着による成膜工程で分子の永久双極子モーメントが自発的に配向分極することで生じ、薄膜表面に数Vの表面電位を発生させるためだが、そのメカニズムは十分に解明されていないという。
また、発光分子とホスト分子との混合(共蒸着)薄膜が、発光層に用いられているが、発光層の自発分極を能動的に制御することは難しかった。発光層の電荷輸送バランスを考慮する必要もあるなど、性能向上にはいくつかの課題があった。
研究グループはこれまで、大きな自発分極を形成する極性分子を開発してきた。今回は、これまでの知見を基に、発光分子の自発的な配向分極をほぼ完全に打ち消すことができるホスト分子の開発に取り組んだ。
実験では、発光分子として「熱活性化遅延蛍光(TADF)分子」を用い、ホスト分子が共蒸着膜の自発分極特性や有機EL特性に与える影響などを評価した。ホスト分子は、カルバゾール(Cz)骨格を利用して、Cz基の数が異なる「1DPCz」「2DPCz」「3DPCz」を設計した。
TADF分子の「HDT-1」と各ホスト分子における共蒸着薄膜(HDT-1濃度は10%)の自発分極特性を調べるため、薄膜の表面電位を計測して比較した。この結果、1DPCzのようにサイズが小さい極性分子ほど、発光層を無分極化するホスト分子に適していることが分かった。小さい分子は成膜中に拡散、再配向しやすく、自発的に配向分極する発光分子の分極を打ち消すため、と研究グループはみている。
各ホスト分子を用い、スカイブルー発光の「TADF有機ELデバイス」を作製し、その性能を比較した。ここでも「1DPCzホスト」が他に比べ優れた駆動耐久性を示した。その理由として研究グループは、「1DPCz発光層の無分極化および良好な電荷輸送バランスによって、発光層内の励起子消光プロセスを効果的に抑制できたため」とみている。なお、青色TAF有機ELでも、1DPCzホストは優れた耐久性を示すことが分かった。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.