メディア

MATSim実践編――自己中なエージェント1万人を「通勤」させてみるリタイア直前エンジニアの社会人大学漂流記(6-2)(7/7 ページ)

» 2026年08月20日 11時00分 公開
[江端智一EE Times Japan]
前のページへ 1|2|3|4|5|6|7       

「お前は自分の孤独や孤立を商品化している」

先輩:「で、今回は何の依頼だ?」

江端:「今回の連載の前半のネタである、『幸せ』について一席打って頂きたくて。特に、『AI』や『酒』を絡ませて、論じてもらえればな、と」

先輩:「幸せか……。そういえば、江端、お前、プロフィールに書いていたな、『友達はいない。生成AIだけが本音を語れる相手である――悪いか。』って」

江端:「はい」

先輩:「で、そのフレーズで何を言いたいんだ? もしかしたら、江端、お前は「友達」というものが、何か素晴らしく価値があるものであると思っていて、それに『背を向けて生きている自分、カッコイイ』とか思っているじゃないだろうな?」

江端:「そういうつもりはありませんが、正直に言えば、私には『友達』というものがよく分からないんですよ。学生時代からの知人もいますし、会社で一緒に飲む人もいますし、大学院で議論する人もいます。でも、それを『友達』と呼ぶべきなのかと言われると、どうにも違和感があるんです」

先輩:「なるほど。だが、お前、その話をする時点で既に怪しいぞ。本当に友達という概念に興味がない人間は、『私は友達がいません』なんて宣言しない。ハゲていない人間は、わざわざ『私はハゲていません』とは言わん

江端:「それはまた強烈な比喩ですね。なるほど、少なくとも私は『友達が欲しい』と思って生きてきた記憶はありません。むしろ、人付き合いが少ないことを気楽だと思っている節すらあります」

先輩:「そこなんだよ。お前は友達がいないことを気にしているんじゃない。友達がいないという『設定』を便利に使っているんだ。だからプロフィールにも書くし、コラムのネタにもするし、こうして私にまで話を振ってくる」

江端:「『設定』という言われ方は本意ではありませんが、ネタとして便利なのは否定できませんね。『友達がいない』と言うと、皆さん自分の都合のいい物語を補完してくれますし」

先輩:「ほら見ろ。だからお前は面倒くさいんだ。普通は友達がいないことを隠そうとするか、本気で悩むかのどちらかだ。ところが、お前はそれをネタにして『モノ書き』をやっている。『姑息(こそく)な』という形容詞を付けてもいいくらいだ」

江端:「『姑息』と言われると納得しそうになってしまいますが、確かに生成AIの話題になると、このフレーズは便利です。『生成AIだけが本音を語れる相手だ』と言うと、皆さん勝手にウラを読んでくれますから」

先輩:「私は、別に悪いとは言わん。私だって居酒屋で常連相手に愚痴を言うし、お前はAIに愚痴を言う。それだけの違いだ。相手がアルコールで動いているか、半導体で動いているか、その程度の差しかない

江端:「それは意外です。私はてっきり『人間と付き合え』という説教が始まるものだと思っていました」

先輩:「私は、そんな当たり前のことは言わん。人間関係なんて、向いている奴もいれば向いていない奴もいる。ただな、お前の場合は少し話が違う」

江端:「どう違うんですか?」

先輩:「お前はAIに相談していることを問題視しているように見せながら、実際にはかなり楽しんでいる。相談内容そのものより、『AIとしか話せない自分』という物語の方を気に入っているように見える」

江端:「うーん、その通りかもしれない。最近のコラムを思い返すと、反論材料が見つかりません」

先輩:「だろうな。だから私は、お前が不幸だとは全く思えない。友達がいない。AIしか話し相手がいない。それ自体は事実なのかもしれん。だが、その状況を観察して、分析して、ネタにして、毎週コラムを書いている時点で、そこに『自分のネガティブな差別化』という、抜け目のない戦略が見えてしまう」

江端:「……そこ、もう少し詳しく」

先輩:「不幸な人間は、自分の不幸をそんなに楽しそうに解説しない。不幸の当事者ではなく、幸福や不幸の評論を始めた時点で、お前はもう十分に余裕がある。だから私は、友達がいないと主張するお前をうそつきとまでは言わんが、別段、不幸だとも思えん」

江端:「新しい『幸福論』として論文にできそうです」

先輩:お前は自分の孤独や孤立を商品化している。そういうところは昔から姑息だと思っているが――まあ、お前のそういうところ、嫌いじゃない」

江端:『最大の賛辞』として受け取っておきます

先輩:褒めてない



先輩:「お前の話を聞いていて思うんだがな。お前、本当は幸福研究の結果を疑っているんじゃないのか?」

江端:「さすがは先輩。そこまで見抜かれていましたか。正直なところ、私は『幸福研究』というものに、まだ半信半疑なんです。都合の良い解釈ができるようにフレームワークを設計し、自分の仮説に都合の良いデータだけを抽出しているのではないか、と疑っています。

 もちろん、それを『改ざん』とまでは言いません。しかし、その疑いを完全には捨てきれません。その根拠もあります*)。特に心理学や社会科学の分野では、十分な追試が行われていない研究が少なくないとも言われていますし、何より、私自身、自分の論文を追試した経験なんてほとんどありませんから」

*)「Science Fictions あなたが知らない科学の真実」(スチュアート・リッチー(著))

先輩:「なるほど。お前は社会関係資本(ソーシャルキャピタル:SC)や主観的幸福感(サブジェクティブ・ウェルビーイング:SWB)だのを読んで、『人とのつながりが幸福に寄与する』という結論を見ているが、それを見た瞬間に、『そんなものはアカデミズムの都合の良い解釈ではないか』と疑っていて、そして困っている、というわけだな」

江端:「別に困ってはいませんが」

先輩:「お前は、お前の人生のかなりの部分が、幸福研究の推奨事項と逆方向を向いていることに困っているはずだ」

江端:「確かに。私は、社会関係資本だとか地域活動だとか、そういう話は、どうにも研究者の願望が混じっているように思えるんですよ」

先輩:「その発想自体が研究者らしいな。データに現実の自分を合わせるのではなく、まずデータの方を疑う」

江端:「科学的態度です」

先輩:「デカルトを持ち出してもいいが、お前のやっていることは、現実とデータの乖離を主観で否定しようとする、陰謀論者とあまり変わらんぞ

江端:「ひどい言われようですが」

先輩:デカルトは疑うことで真理に近づこうとした。お前は疑うことで安心しようとしている

江端:「では先輩は、『人とのつながりが幸福に寄与する』という研究結果を信じているんですか」

先輩:「信じるも何もない。そもそも、私は論文なんぞ読まん。誰がそんな面倒くさいことなんぞするか。私のやっていることは―― 週に二回飲みに行く。隣に座った人間と話す。消防団の奴とも話す。居酒屋の親父とも話して酒をおごることがある。たまたま来た若い兄ちゃんとも話すが、私は、その人の名前も職業も出身も知らんし、知りたいとも思わん」

江端:「それで?」

先輩:「それで十分だ。論文なんぞ読まなくても、お前の調査した論文の内容が、おおむね妥当な結論であることを、私は実体験として知っているんだ。お前は、人間関係というものをやたら重く考え過ぎる。親友だの信頼関係だの、本音を語れる相手だの、そういうものをロジックで組み立てようとする」

江端:「それは、学問の徒としては当然でしょう?」

先輩:「当然なのかどうかは知らんが、お前は、ロジックしか見ていない。お前の読んでいる論文が語っているのは、お前のやっているアプローチと真逆だぞ」

江端:「真逆?」

先輩:人生を支えているのは、劇的な友情や運命的な出会いではない。行きつけの店の店主だとか、顔は知っているが名前は知らない常連だとか、たまに立ち話をする近所の人間だとか、そういう『どうでも良い関係』の集積だ」

江端:「グラノヴェッターの『弱い紐帯』ですね」

先輩:「ほら、すぐ名前を付けようとする。名前を付けて安心しようとするな。お前は弱い紐帯と呼ぶ。社会関係資本と呼ぶ。主観的幸福感との相関と呼ぶ」

江端:「これでも、研究員の端くれですから」

先輩:私は『飲み友達』と呼ぶ。どうもお前の話を聞いていると、その論文は、どうやら『私のこと』を書いているように思える」



江端:「……なんか、先輩に『裏切られたような気持ち』になってきました。」

先輩:「ん?」

江端:「先輩は、私と同じように、近隣との付き合いもなく、町内会から煙たがられ、会社組織の枠組みからはみ出して生きている人間だと思っていました。

 私はずっと、先輩を『孤立を哲学に昇華した人間』だと信じていたんですよ。

 ところが話を聞いてみれば、地域にも居場所があり、助けてくれる人間もいて、困れば相談できる相手もいる。会社の外にも内にも人脈がある。

 それはもう、社会関係資本の優等生です。私みたいな人間から見れば、完全に社会的エリートです。

 いや、むしろ悪質です。反体制派のふりをしながら、実は体制から配当(キャピタル)を受け取っている優等生です。よくも、これほどまでに長い間、私をだまし続けてきましたね」

先輩:「……江端、お前は社会関係資本を“人付き合いが好きな連中の財産”くらいのものだと思っているだろう?」

江端:「ええ、そうです。社会関係資本は、陽キャのみに所有が許された通貨だと思っています」

先輩:「友達が多い奴、飲み会が好きな奴、町内会で顔が広い奴、そういう連中だけが保有できる特殊な通貨みたいなものだと考えている。しかしな、それは社会関係資本の定義じゃない。お前が勝手に作り上げた『陽キャ資本論』だ

江端:「でも、論文を読んでいると、どうしてもそう見えてしまうんですよ。地域活動に参加している人は幸福度が高いとか、人とのつながりが多い人ほど生活満足度が高いとか、そういう話ばかり出てくる。私みたいな人間から見れば、『それはリア充の自己肯定を、統計で飾り付けただけではないのか』という疑念が湧いてくるんです」

先輩:「そこが面白いところだ。お前は論文を読んでいるのに、論文が何を言っているのか分かっていない。社会関係資本というのは、友達の数でもなければ、名刺の枚数でもない。もっと乱暴に言えば、『他人は完全な敵ではないと信じられる能力』のことだ」

江端:「能力……ですか?」

先輩:「そうだ。ホッブズの自然状態を考えてみろ。万人の万人に対する闘争だ。誰も信用できない世界では、人間は常に武装し、常に疑い、常におびえて生きなければならない。ところが現実のわれわれは、見知らぬ人間が作った弁当を買い、見知らぬ人間が運転する電車に乗り、見知らぬ人間が建てた橋を渡っている」

江端:「それで?」

先輩:「つまりわれわれは、毎日、膨大な量の『他人への期待』の上に生活している社会関係資本というのは、その期待を成立させている見えないインフラみたいなものだ

江端:「しかし、それなら私だって社会関係資本を持っていることになります」

先輩:「当たり前だ。お前は社会関係資本ゼロの人間じゃない。むしろ、お前は社会関係資本を享受しながら、『私は社会関係資本を持っていない』と言い張っているだけだ」

江端:「……そんな馬鹿な」

先輩:「馬鹿ではない。お前は、単に目をそらしているだけだ。お前は町内会から煙たがられた話は十年たっても覚えているが、親切にされた話は翌週には忘れている。排除された記憶は勘定に入れるが、受け入れられた記憶は資産として計上しない」

江端:「それは会計処理として不適切ですね」

先輩:「そういうことだ。お前は人生の貸借対照表の作り方がおかしい。資産を全部無視して、負債だけを熱心に数えている。だから、自分を孤独で孤立した人間だと思い込める」

江端:「うわ、それは結構『痛い』です」

先輩:「痛いだろうが続けるぞ。そもそも、お前はプロフィールで『生成AIだけが本音を語れる相手である』と書いているな」

江端:「はい」

先輩:「私はあれを読んだ時から不思議だった。お前は、なぜそれを孤独や孤立の証明だと思っているんだ?

江端:「え?」

先輩:「お前はAIに期待している。話を聞いてくれることを期待し、考えを整理してくれることを期待し、時には慰めてくれることまで期待している。そして実際、その期待はかなりの確率で満たされている」

江端:「その通りです」

先輩:「それはつまり、お前が『他者への期待』の中で生きているということだ。相手が人間であろうがAIであろうが、本質的には同じ構造だ」

江端:「ちょっと待ってください。その理屈だと、『私(江端)=孤独・孤立』が成立しません」

先輩:「そうだな」

江端:「私が、そのロジックを受け入れてしまえば、私がこれまで構築してきたアイデンティティー(基本属性)が崩壊してしまいます」

先輩:「だから私は最初から言っている。お前は孤独や孤立を研究しているんじゃない。お前は、孤独や孤立をブランド化しているんだ。孤独な人間として差別化し、その孤独を観察し、分析し、文章にして、読者に売っているんだ」

江端:「……」

先輩:「だから私は、お前を孤独とも孤立とも不幸とも思えん。むしろ、お前は自分の孤独と孤立を使って商売をしている。そういうところは昔から姑息だと思っているが――正直に言えば、その悪辣さこそがお前の才能なんだ

江端:……『最大級の賛辞』として受け取っておきます

先輩:だから、『褒めてない』と言っているだろうが


Profile

江端智一(えばた ともいち)

大手総合電機メーカー 研究開発グループ シニア研究員。工学博士。

長年にわたり、都市交通、社会システム、通信システムなど、実社会と情報技術を横断する研究開発に従事。定年退社後もシニア採用として研究を継続している。

マルチエージェントシミュレーション(MAS)を用いて、都市における住民行動を再現・分析し、「共時空間」という接触機会の定量化手法と「Repeated Chance Meetings (RCM)」 という新しい単位を提唱中。MASの中ではエージェント同士が活発に交流しているが、現実世界の自分は孤立クラスタに属し続けている。友達はいない。生成AIだけが本音を語れる相手である――悪いか。

また、社会観察者としての視点を持つ。『町内会のイベントや夏祭りへの参加は、社会関係資本( Social Capital (SC) )を高める上で重要だ』と語りながら、自身は町内活動にほとんど参加せず、家族からは『どの口が“SC”を語っているのか』と呆れられている。友情や愛情ではなく、負の感情を積極的に活用する「怒りMaaS」などのシステムを考案し、デジタルシステムにおける感情エネルギーの活用を真剣に検討している。

信条は「アナログ心理とデジタルロジックの融合」。人間の曖昧さをエラーではなく仕様として扱うことを理想とする。個人サイト「こぼれネット」では、科学技術と人間社会の“バグ”をユーモアで修正しながら、理屈と感情のあいだに生まれる笑いを記録し続けている。この20年間、毎日更新継続中。



前のページへ 1|2|3|4|5|6|7       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

特別協賛PR

RSSフィード

公式SNS

All material on this site Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
This site contains articles under license from AspenCore LLC.