これまでも複数の企業がデジタル駆動型スピーカの開発に取り組んできた。しかし、「これを実現できた企業はこれまでなかった。当社が業界初である」(Trigence Semiconducterの取締役を務める岡村淳一氏)と主張する。今回、デジタル駆動型スピーカの実現に欠かせなかったのが、前述のDnote技術である。
Dnote技術とは、スピーカをデジタル駆動しながらも高い音質を得るオーディオ信号を生成するための信号処理技術である。具体的には、「マルチビットΔΣ型のデジタル変調回路」と、「ミスマッチ・フィルタ」と呼ぶ、スピーカ間の特性の相違を補償する処理回路で構成した。マルチビットΔΣ型の変調回路では、例えば16ビットの分解能で記録されたオーディオ信号を、8個程度のスピーカで表現できるようにオーディオ信号の量子化を粗くするように変調する。
もちろん、量子化誤差が発生するものの、一般にΔΣ型変調回路では、可聴周波数帯域よりも高い周波数帯域に、量子化に起因した雑音を移動させる「ノイズ・シェーピング効果」が得られる。これによって、音質の劣化を抑えた。試作したΔΣ型変調回路の次数は3次に設定したものの、この次数を上げれば、より高いノイズ・シェーピング効果が得られる。
さらに、ミスマッチ・フィルタ回路では、スピーカそれぞれの特性差を相殺するような信号処理を施す。「この処理を施さなければ、『聞ける音』にはならない」(同氏)という。具体的には、サンプリング周波数をfsとすると、おおよそ1/(8*fs)よりも短い周期で、あるアルゴリズムに従って駆動するスピーカを切り替え、いわば「シャフリング」する。スピーカの個体差に起因した雑音が平均化される効果がある。
2008年6月に同社が開催した視聴会に参加したある業界関係者はDnote技術について、「ΔΣ型変調やミスマッチ・フィルタという技術そのものは、従来からあった。ただしこれらの技術を、スピーカを駆動させるデジタル信号の生成に適用したという点が新しく、ユニークだ」と評価した。「ΔΣ型変調回路では各種係数の設定に、ミスマッチ・フィルタ回路ではシャフリングのアルゴリズムに、当社のノウハウがある」(安田氏)という。
今後、音質をさらに高めることを目的とした改善を進める。現時点の音質は、携帯型オーディオ・プレーヤ向けスピーカや、ノート・パソコン搭載のスピーカ並みとした。「これまで長い年月をかけて開発が進められてきた従来のアナログ・スピーカと比較すると、音質という観点で改良の余地があることは確かである」(岡村氏)。
同社は、Dnote技術を知的財産(IP)として、スピーカ・メーカーや機器メーカー、半導体ベンダーに提供する考えだ。「当社だけでは、この技術を広く普及させるのは難しい。さまざまな企業と協業していきたい」(岡村氏)。
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