あなたは、無線チップを手掛けるスタートアップ企業を経営していると想像してみてほしい。創業して5年たち、日本の大手テレビ・メーカーを顧客に持つようになったが、その大手テレビ・メーカーは最新機種への採用を見送った。現状は、悪戦苦闘中だ。
あなたは、無線チップを手掛けるスタートアップ企業を経営していると想像してみてほしい。創業して5年たち、日本の大手テレビ・メーカーを顧客に持つようになったが、その大手テレビ・メーカーは最新機種への採用を見送った。現状は、このように悪戦苦闘中だ。市場は今のところ、「宅内の複数の部屋に、ハイビジョン映像を非圧縮で無線伝送する」という、あなたの企業の独自技術の強みを十分に理解していない。
さあ、あなたならどうする。
このような状況に置かれているのが、イスラエルAMIMON社だ。「WHDI(Wireless Home Digital Interface)」と呼ぶ、5GHz帯を使った無線通信技術を開発した企業として知られている。
彼らの出した答えは、注力する製品とビジネス・モデルの変更だ。具体的には、注力する製品をテレビ受像機からパソコンに変更する。さらに、同社のIP(Intellectual Property)を無線LANチップのベンダーにライセンス提供することになった。これまでは、同社だけがWHDI技術に対応する無線チップを販売してきた(図1)。方針は変更したものの、ハイビジョン映像を宅内で無線伝送する技術開発は継続する。
はっきり言うと、AMIMON社は現在のところ無線LANチップのベンダーとライセンス供与の契約を結んでいない。しかし、いくつかの協議が進行中だ。最終機器メーカーが無線LANチップを購入したら、それにWHDI技術も付いてくるという状況を作りたいと考えている。それには、5GHz帯の無線チップのコスト低減についてノウハウを有するベンダーの協力が欠かせない。
同社の共同設立者で、マーケティングと事業開発担当のVice Presidentを務めるNoam Geri氏は、「我々はIP企業に変わるわけではない」と断言した。しかしすぐに、「市場を活性化させるためなら、いくつかの技術をIPとして提供する用意はある」と付け加えた。
現在、WHDI対応の送信機または受信機を搭載したテレビやパソコンは少ない。同社とおよび、WHDI技術を支持する企業は、民生市場へWHDI技術を売り込もうとしているが、厳しい状況が続いている。
WHDI技術の普及が進まないので、採用する民生機器がなかなか増えない。AMIMON社は、「鶏が先か、卵が先か」という問題に直面している。しかし、無線LANとWHDIを融合させることで、この問題は解決するかもしれない。Geri氏は、「現在、1億台ものパソコンが無線LANを搭載している」と指摘した。無線LANとWHDIはいずれも、MIMO(Multi Input Multi Output)技術を使う。変調方式としてOFDMを使う点も共通している。さらに、周波数帯はいずれも5GHz帯を使うなど共通点は多い。WHDI技術が利用する周波数帯域は、5GHz帯の20MHz幅または40MHz幅である。「当社のWHDI技術の構成要素の80%は、無線LANと何ら変わらない」(同氏)。
アナリストは、AMIMON社の新戦略は理にかなっていると考えている。米Farpoint Group社のアナリストであるCraig Mathias氏は、「彼らは1つの可能性として、独自技術を実装し、提供してきたに過ぎない」と指摘した。ハイビジョン映像の非圧縮無線伝送に向けた同社の独自技術は、利用する無線通信技術や周波数帯域に、基本的に依存しない。「彼らの帯域幅削減の技術は、素晴らしい」(同氏)と述べた。
同社の独自技術は、JSCC(Joint Source Channel Coding)と呼ぶ信号処理技術を基にしている。JSCC方式は、人間の目で見て差異が目立つ部分に強固なエラー保護を施し、差異が分かりにくい部分にはエラー保護を弱めるという方式である。エラー保護方式には、不均一誤り保護(UEP:Unequal Error Protection)と呼ぶ、エラー保護の強固さを変えられる方式を使う。
無線通信は、もともと有線に比べて不安定になりやすい。無線を使いながら、映像を遅延や損失なく伝送することが、これまで課題だった。同社は、JSCCを基にした独自技術で、無線の課題を克服したと主張する。不安定な状況でも、伝送遅延や損失を抑え、高精細な映像を伝送可能だという。
同社の新しい事業戦略は、無線通信技術や周波数帯域に依存しないという利点をアピールしながら、JSCCを基にした独自の映像伝送技術を発展させることだ。
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