医療・医薬品は、RFIDタグの新たな市場の1つと期待されている。ただ、メモリ素子にEEPROMを使う一般的なタイプのRFIDでは、導入が難しい用途がある。放射線を使って滅菌する物品に貼り付けて使う用途だ。富士通セミコンダクターは、得意とするFRAMの特徴を生かして、同用途への提案を活発化させている。
2000年代に本格的な実用フェーズに入ったRFIDタグ。2010年代の現在では、アパレルや物流・製造の個品管理などの用途に一定の普及を果たしている。ただ、市場のさらなる拡大を求めるなら、新たな応用領域の開拓も欠かせない。RFIDタグ用の半導体チップの有力メーカーである富士通セミコンダクターは、医療・医薬品の分野をそうした新領域の1つと見て、提案を活発化させている。
富士通セミコンダクターのRFID用チップは、記憶素子にFRAM(強誘電体メモリ)を採用している点が特徴だ。EEPROMを使う一般的な競合他社品のチップに比べて、原理的にデータの書き込み速度が高いというメリットがある(参考記事)。さらに、書き込み速度が高いので、EEPROM品に比べて容量が大きいメモリを搭載して、サイズの大きなデータを高い頻度で書き換える用途にも対応可能だ。
実際に同社は2012年6月28日、RFIDチップ「FerVID Family(ファービッドファミリー)」のラインアップを拡充し、FRAMの容量を9Kバイトに増やした新製品「MB89R112」を発表している。これはHF帯を利用する近傍型RFIDタグ用チップで、ISOが標準化した同タグの通信規格「ISO/IEC 15693」に準拠する品種としては、9Kバイトは業界最大だと同社は主張する。「海外の大手半導体メーカーが供給するEEPROM品は、数百バイトにとどまっていた。ISO/IEC 15693に準拠していないEEPROM品なら、競合他社も8Kバイト品を提供しているが、同規格に対応するリーダー/ライター装置で読み書きできなかった」(富士通セミコンダクター マイコンソリューション事業本部 システムメモリ事業部 ソリューション技術部 システムコンサルティングの寺前淳一氏)。
高速/高頻度の書き換えに対応できるという特徴は、RFIDの旧来の市場でも大きな訴求点になる。一方、医療・医薬品の分野を開拓するに当たって富士通セミコンダクターが打ち出すのは、FRAMのもう1つの特徴だ。すなわち、放射線に対する高い耐性である。
医療・医薬品の分野では、容器や器具、装置の構成部品などの衛生状態を保つために滅菌処理を施す場合が少なくない。ガンマ線や電子線による放射線滅菌や、酸化エチレンを用いるガス滅菌が使われており、特にここ数年、環境への負荷が比較的軽く使い勝手が高い放射線滅菌に関心が集まっているという。これが、RFIDの導入を妨げる障壁になっていた。
RFIDのメモリ素子として一般的なEEPROMは、メモリセルの電荷の有無でデータを記録しているため、放射線を浴びると状態が変化し、データを消失してしまうのだ。放射線滅菌の対象物に取り付けて使うことができない。そのため医療・医薬品の分野では、「放射線滅菌のメリットを認識しつつもガス滅菌を使ったり、RFIDの使用をあきらめてバーコードを用いたりしていた」(富士通セミコンダクターの寺前氏)という。
これに対し富士通セミコンダクターのRFID用チップが採用するFRAMは、強誘電体材料の結晶構造の変化(分極作用)によってデータを記録する方式だ。高い放射線耐性を確保できる。従って、放射線滅菌の対象物に貼り付けたり埋め込んだりする用途にも使える。
富士通セミコンダクターは、放射線滅菌に強いというFRAM搭載RFIDタグの特徴を掲げて、医薬品や化粧品などの製造・研究開発に向けた機器や技術の専門展示会「第25回インターフェックス ジャパン」(2012年6月27〜29日に東京ビッグサイトで開催)に出展した。同社がこの展示会に参加するのは前回(2011年)に続けて2回目である。
展示内容は前回と大きく変わっていないものの、同社は前回に比べて来場者の関心が高まっていることを感じるという。「医薬品の製造装置を構成する使い捨て部品のメーカーや、医療機器専門の物流業者などが足を止めている。これは前回とは異なる状況だ」(寺前氏)。
今回同社は、FRAMとEEPROMの2通りのRFIDタグについて、放射線滅菌の影響を示すパネルを展示した。それによると、FRAM品は50kGy(キログレイ)の放射線にさらしてもデータを保持できるが、EEPROM品は5kGyでもデータが消失してしまう。「放射線滅菌では所要線量として25kGyが規定されており、実際にはそれを満たすために数倍の線量の放射線に対象物をさらす。FRAM品なら、その環境にも十分に耐えられる」(寺前氏)。
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