さらにこのベクトル信号トランシーバには、従来のベクトル信号発生器やベクトル信号アナライザが備えていない、2つの特徴的な機能も盛り込んだ。1つは、最大250Mビット/秒の高速デジタル入出力を24チャネル備えたことで、被測定物(DUT)の制御や各種トリガリングに使える。
もう1つは、FPGAを内蔵し、そのFPGAにハードウェアとして実装した回路を使ってRF計測の信号処理を高速に実行できるようにしたことだ。NIによると、一般的なスタンドアロン型計測器では、この信号処理をマイクロプロセッサを用いてソフトウェアで実行している。そのため、ベクトル信号トランシーバを使えば、スタンドアロン型のベクトル信号発生器とベクトル信号アナライザを組み合わせたラック型の計測システムに比べて、同等のRF計測を大幅に高速化できるという。
NIWeek 2012の基調講演では、高速化の事例としてQualcomm Atherosが登壇し、同社が開発するIEEE 802.11ac対応無線LANチップの特性評価にベクトル信号トランシーバを適用した実績を紹介した。同社のDirector of Engineeringを務めるDoug Johnson氏によれば、変調精度(EVM)の計測実行速度がラック型計測システムを適用した場合に比べて10倍以上と大幅に高まったという。「IEEE 802.11ac対応無線LANチップでは、RF信号の受信経路にある複数の利得段で、26万通りに上る設定がある。旧来のラック型システムでは計測速度の制約があり、1つ1つの設定におけるEVMを評価するのは現実的ではなかった」(同氏)。
このようにベクトル信号発生器とベクトル信号アナライザの機能をまとめた計測器は、NIのベクトル信号トランシーバが初めてというわけではない。従来から複数の計測器メーカーがワンボックス型の試験装置を供給している(参考記事)。すなわち、NIが“計測の再定義”と称するコンセプトをこの新製品で体現したと主張する理由は、他にある。
それは、内蔵するFPGAに実装するさまざまな処理をユーザーが手元で書き換えられるようにしたことだ*1)。具体的には、同社のグラフィカル開発ツールであるLabVIEWを使って、以下のような処理をユーザーが定義できる。すなわち、RF信号の入出力に必要なモジュール内のハードウェア(A-D変換器やD-A変換器、周波数ミキサー、局部発振器、利得段、フィルタなど)の構成変更や校正の処理、トリガー同期処理、入力波形データの集録、出力波形データの操作、デジタル領域に変換したRF信号のデジタル信号処理などである。NIがこれらの基本的な処理をLabVIEWのグラフィカル関数ブロック(VI)として用意し、ライブラリ化してユーザーに提供する。
計測器のアーキテクチャや信号処理に精通した高度なユーザーならば、このベクトル信号トランシーバをハードウェアプラットフォームとして活用することで、手元で所望の計測器を“設計”できるというわけだ。ただし、計測器の一般的なユーザーにとって、これは極めて高いハードルである。
そこでNIは、ベクトル信号トランシーバを利用して構築可能な代表的なRF計測の機能をあらかじめ作り込み、「サンプルプロジェクト」としてユーザーに提供する。実際には、ベクトル信号発生器の機能とベクトル信号アナライザの機能もサンプルプロジェクトの1つとして用意した。「当初、ユーザーのほとんどはこうしたサンプルプロジェクトをそのまま利用することで、ベクトル信号トランシーバを使い始めるだろう。やがてはLabVIEWを使いこなして自ら設計したり、そうした設計サービスを提供するNIの提携企業にカスタム化を依頼するといった活用に進むと考えている」(NIのSchroeder氏)。
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