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次々世代のトランジスタを狙う非シリコン材料(3)〜III-V族半導体の「新たなる希望」福田昭のデバイス通信(35)(2/3 ページ)

» 2015年08月05日 11時30分 公開
[福田昭EE Times Japan]

異なる材料の薄膜が重なるヘテロ構造

 シリコン(Si)では、きわめて良質なゲート絶縁膜、具体的には二酸化シリコン(SiO2)膜を製造できたことが、MOSFETの進化とMOS ICの集積密度の急速な向上に大きく寄与した。しかし、III-V族化合物半導体ではシリコン(Si)と違い、良質なゲート絶縁膜を製造できなかった。

 III-V族化合物で早期に電子デバイスの開発が進められたのは、ガリウム・ヒ素(GaAs) FETである。GaAsでも当初はSiと同様のMOSFETを目指して研究開発の努力が継続された。1970年代のことである。しかし多大な努力もむなしく、GaAsでは良質な酸化膜を作れなかった。このためGaAsの表面に直接ゲート電極を載せた、「MES(MEtal Semiconductor)FET(メスフェット)」構造でGaAsトランジスタは1980年代に実用化された。

 良質な酸化膜は作れなかったものの、「ヘテロ構造」と呼ばれる独特の構造を有するトランジスタがGaAsをベースに開発された。これが「HEMT(High Electron Mobility Transistor)(へムト)」である。HEMTは、富士通研究所が考案した高速・低雑音トランジスタである。富士通研究所は1979年に最初のトランジスタを試作し、1980年に国際会議DRC(Device Research Conference)で技術の概要を発表した。

 HEMTには、ヘテロ構造と「変調ドーピング」の2つのアイデアが組み合わされている。ヘテロ構造とは、異なる材料の薄膜が重なる構造を意味する。具体的には、GaAs層とアルミニウム・ガリウム・ヒ素(AlGaAs)層が積層されている。変調ドーピングとは、不純物ドーピングの濃度を周期的に変える(変調する)技術である。最初のHEMTでは、ゲート電極下のAlGaAs層を高い濃度で不純物ドーピングし、その下のGaAs層は不純物ドーピングをしない層とした。

 不純物ドーピングは、半導体デバイスの導電率を局所的に変更するために使われる。Si のMOSFETでは、ソース領域とドレイン領域には高い濃度の不純物ドーピングを実施し、導電率を上げる。

 本シリーズの初回で説明したように、トランジスタの電流はキャリア密度に比例する。ドーピングする不純物の濃度を上げると、キャリア密度が高まり、トランジスタの電流が増大する。この意味では、不純物の濃度を高めることが望ましい。しかし、不純物の濃度を上げすぎると、不純物によってキャリアが散乱され(キャリアの走行が妨げられ)、実効的な移動度が低下する。

 HEMTの最大の特徴は、高濃度不純物ドーピングによる問題(不純物散乱)を解決した点にある。先述したようにHEMTでは、AlGaAs層を高い濃度で不純物ドーピングし、GaAs層はドーピングしない。AlGaAs層で発生した高密度のキャリア(電子)は、GaAs層に移動し、AlGaAs層との境界付近に貯まる。そして電極に電圧を加えると、キャリアはGaAs層内を移動する。つまり、不純物による散乱がなく、高い移動度を保持したGaAs層を、きわめて高い密度のキャリアが走行する。この結果、トランジスタの動作速度が高まるとともに、大きな電流を得られる。

主なIII-V族化合物半導体と基本物性 (クリックで拡大)
SiトランジスタとGaAsトランジスタ (クリックで拡大)

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