筑波大学と日本原子力研究開発機構(JAEA)は、ドイツの研究チームとの共同研究により、ダイヤモンドを用いて室温で固体量子ビットの量子エラー訂正に「世界で初めて成功した」と発表した。
筑波大学と日本原子力研究開発機構(JAEA)量子ビーム応用研究部門 半導体耐放射線性研究グループは2014年1月30日、ドイツとの共同研究により、ダイヤモンドを用いて室温で固体量子ビットの量子エラー訂正に「世界で初めて成功した」と発表した。量子エラー訂正は量子コンピュータの実現に不可欠とされ、今回の研究成果について、筑波大学などは「大きなブレークスルー」とする。なお、2013年11月には東京大学の古澤明教授らが大規模量子もつれ*1)の作成に成功したと発表するなど、量子コンピュータ実現に向けた日本発の開発成果の発表が続いている(関連記事:量子コンピュータ実現に向け大きな前進――超大規模量子もつれの作成に成功)。
*1)量子もつれはエンタングルメントとも呼ばれる量子力学特有の現象。量子もつれ状態にある2つの粒子は、一方の粒子の量子ビットが観測されて値が「0」か「1」に確定すると、もう一方の値もその瞬間に確定するという性質を持つ。
エラー訂正は一般的なデジタル情報の処理でも不可欠な技術として使用されている。量子情報は外部からのノイズ、かく乱に対して極めて弱いため、デジタル情報と同様以上にエラー訂正が不可欠とされる。量子エラー訂正技術は、量子情報を処理する量子コンピュータの実現の鍵を握る重要な要素の1つとされている。
量子情報のエラー訂正は、デジタル情報のエラー訂正と異なり、難しい課題を幾つか抱える。
デジタル情報のビットが「1」か「0」のどちらかの状態しかとらないのに対して、“量子ビットは「1」でもあり、「0」でもある”という特有の「重ね合わせ状態」をとることができる。加えて、量子ビットの情報を複製するために量子ビットを測定すると、重ね合わせ状態から「1」か「0」のどちらかの状態になってしまうため、コピーすることができない(これを非クローン定理という)。そのため、ビットの状態の測定が前提となるデジタル情報のエラー訂正技術をそのまま用いることができない。
量子計算をエラーから守るアルゴリズムとしては、P.W.Shor氏(1995年)とA.Steane氏(1996年)によって、量子もつれを利用することで、守りたい量子ビットの中身を知ることなしにエラーに関する情報のみを引き出し、訂正できると示されている。ただ、この量子エラー訂正アルゴリズムを実証した実験例はこれまで、イオントラップや超伝導量子ビットなど、極低温を必要とするものや、多量子ビット化の拡張において限界のある核スピンの集団を用いるNMRに限られてきたという。量子コンピュータを単なる原理実証から実用化の段階へ進めるには、大規模化が可能な系で、量子エラー訂正をしながら計算できることを示す必要があった。
その中で、「単一欠陥検出と単一電子スピン検出」(Gruberなど/1997年)や「単一電子スピンの任意の重ね合わせ状態を作る操作」(Jelezkoなど/2004年)などの論文発表を受けて、ダイヤモンド中のNVセンター*2)を用いた室温動作の量子コンピューティング開発への期待が高まっていたという。
*2)ダイヤモンドなどの結晶において、規則的な結晶格子中であるべき原子がない状態、不純物原子で置換された状態、格子位置にあるべき原子や不純物原子が格子間位置を占めた状態などを点欠陥という。この点欠陥は本来であれば透明な結晶を着色させる要因になることがあり「カラーセンター」(色中心)と呼ばれる。このカラーセンターのうち、炭素を置換した窒素(N)とその隣に原子空孔(V)が存在するものをNVセンターと呼ぶ。NVセンターと光を組み合わせると、低温にしないとそろえられない向きにスピンの状態をそろえること(初期化)が室温で行える。NVセンターに光を照射すると波長の異なる光が返ってくるが、その強度からスピンの状態を読み出すことも室温で行える。こうした性質から、量子コンピュータのプロセッサの一部となる量子レジスタへの有力な候補になっている。
今回、ダイヤモンド合成や、欠陥制御などダイヤモンド材料科学でノウハウを持ち、ダイヤモンドに電子線を照射し、熱処理をすることにより、不純物として含まれていた窒素からNVセンターを作ることのできる筑波大学/JAEAなどの日本チームと、量子操作において最先端に立つドイツチームが共同研究を実施。固体中の単一の核スピン*3)を量子ビットに利用し、量子エラー訂正に必要な3量子ビットまで拡張することを目指した。
*3)核スピンとは、原子核が持つ全角運動量のこと。原子番号が奇数、もしくは質量数が奇数の同位体元素は、核スピンがゼロではないので、ミクロな磁石として振る舞う。MRIとして医療診断に使われる他、NMRとして有機分子や生体分子の構造決定に使われてる。
核スピンを用いる量子ビットには、量子情報を保持する時間が長いという長所がある。一方で、単一核スピンでは初期化や読み出しが難しい上、計算を構成するステップとなるゲートの動作速度が遅いという短所もある。この短所により、エラー訂正に手間取ってしまうと新たなエラーが入り込んでしまうという懸念がある。そこでミクロな磁石として、磁力が3桁大きい電子スピンと組み合わせることによる高速化を模索。研究グループでは、単一の電子スピンからなる量子ビットについて、室温での光による初期化や読み出しを実現している特異的な系であるダイヤモンド結晶中のNVセンターの利用を進めた。
炭素は天然存在比1.11%の同位体13Cのみが核スピンを持つ。NVセンターの単一の欠陥(単一の分子に相当)に関して、核スピンを持つ窒素(14N/天然存在比99.63%)に加えて、13Cを2個持つものを作製し、これを、単一の核スピン3個と単一の電子スピン1個からなるサブナノスケールのハイブリッド量子レジスタとして用いた。NVセンターという特異的な系において電子スピンとの相互作用を用いると、核スピン量子ビットの初期化、読み出し、2量子ビットゲート操作を高速に実行できるようになったという。
これにより、研究グループはこれまで、固体素子では極低温を必要とする超伝導量子ビットの例があるのみだった量子エラー訂正を、室温で集積化によって量子ビット数の大規模化が可能な固体素子で実現することに成功。また、拡張性のないNMRを除いて、スピンを用いた量子ビットでの量子エラー訂正を初めて実現した。
筑波大学とJAEAでは、「今回の成果は、補助ビットを含めた3量子ビットのうち1ビットのビットフリップまたは位相フリップという単純なエラー発生に有効な3量子ビットコード・プロトコルの実証であり、5量子ビットコードへと拡張することが可能」としさらに強固な量子エラー訂正の開発を進めていく方針。
なお、今回の開発は、科学技術振興機構(JST)国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム)日独共同研究(ナノエレクトロニクス)「ダイヤモンドの同位体エンジニアリングによる量子コンピューティング」(日本側研究代表者:筑波大学名誉教授 磯谷順一氏、ドイツ側研究代表者:ウルム大学教授 Fedor Jelezko氏)の一環として行われたものである。
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