通信事業、インターネットサービス事業、コンテンツ事業を手掛けるソフトバンクと半導体IPベンダーのARMとは、直接的な関係性は全くない。ソフトバンクグループ社長の孫正義氏も「今すぐに直接的なシナジーを発揮することはない」と2016年7月18日にイギリス・ロンドンで開いた会見で明言している。
では、なぜ、ソフトバンクはわざわざ、3.3兆円もの大金をはたいて、ARMを買収したのか。ARMは今後、ソフトバンク傘下で、どうなるのだろうか。
ソフトバンクの関心はARMの持つ、半導体/組み込みシステム業界の隅々まで深く根ざす“エコシステム”にあることは間違いないだろう。
組み込み機器で標準となったARMには、あらゆる半導体メーカー、ソフトウェアメーカーの情報が舞い込んでくる。各半導体メーカーは、次世代のARMコア開発に、自分たちの要望、すなわち次世代のSoC/マイコンに必要な要件を盛り込んでもらうべくARMに情報を伝える。ソフトウェアベンダーも同様だ。いわば、半導体というハードウェアベンダーとソフトウェアベンダーの両方が考えていることを、全て把握できる地位にある。同時に、組み込み機器業界の現状がどうなっているかも、チップ搭載当たりで得ているロイヤリティー収入からもつぶさに知ることができる。
こうした情報は、ARMでしか知り得ない情報だ。そして、これらの情報は、通信/インターネットサービス事業者にも有益であり、投資家としては、なおさら有益だろう。しかも、「パラダイムシフトの入り口」(孫氏)というように、スマートフォン/モバイルインターネットの時代から、IoTの時代へと移行するのであれば、“ARMに集まる情報”は、一層、価値を増す。IoTに関する確かな予測がない中で、IoTの末端を支えるあらゆる組み込み機器の開発動向が取得できる立場にいるという価値は、相当に大きいはずだ。
ハードウェア/ソフトウェアより上流にあり、ほぼ全ての機器の“源流”に位置するARMに、直接接触でき、一定の影響を与えられるようになる点も大きいだろう。例えば、孫氏が会見でも触れた「セキュリティ」がそうだ。
組み込み機器が通信につながるIoTでは、組み込み機器にもセキュリティ対策が必須になる。組み込み機器の安全性を担保する上で、CPUコアレベルでセキュリティ対策が重要になり、既にARMもセキュリティ機能をCPUコアに盛り込んでいる。しかし、CPUコアレベルで十分な対策が講じられるわけでもない。その不足分は、CPUコア周辺のハードやソフトウェアで対応することになり、それでも不足した場合は、通信事業者/サービス事業者が補うことになる。
仮に、CPUレベルから密に接触できれば、前もって、将来、通信事業者/サービス事業者として必要な対策を的確に打つことができるようになる。通信事業者/サービス事業者視点の考え方をCPUコアレベルから反映できれば、優れたセキュリティシステムをより迅速に構築できる可能性もある。
こうしたARM買収のメリットを発揮するには、相当な時間がかかるだろう。孫氏も今回の買収を囲碁の布石に例え「上手な人は、(局地戦が行われている)近くにばかり石を置かず、離れた位置に石を置く。その離れた位置の石が、50〜100手後に大きな意味を持つ」とし、5〜10年先将来を見据えた一手であるとする。
ソフトバンクは今後、ARMを完全子会社化して非上場にし「投資家に左右されず、先行投資をひるまず行える」(孫氏)との環境作りや、イギリスでのARMの従業員数を2倍に引き上げるなどし、ARMの研究開発加速を支援していく方針。さらに「現経営陣は優秀であり、日々のオペレーションに口出ししない」と、ARMの経営方針が大きく変わることはなさそうだ。さらに、孫氏は「中立的な立場を維持する」とし、半導体事業など、ARMと直接関わりを持つ事業領域への進出も否定した。
その上で孫氏は「ARMの中長期的な戦略には深く関わって、議論し、鼓舞していく」といい、IoTでの勝ちを約束された数少ない企業であるARMを通じて自身の思い描くIoTの実現を目指す考えだ。
ARM自体も、これまで、マイコン分野に進出するなどIoT領域での成長を模索してきており、ソフトバンクとの方向性は一致する。ソフトバンクの資金的なバックアップと通信事業者/サービス事業者としての知見は、ARMにとって有益だろう。ソフトバンク、孫氏が描くIoT世界が正しいものであれば、今回のARM買収は、IoTの時代の到来を早めるものになるはずだ。
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