北海道大学の研究グループらは、半導体光デバイスにおいて、電子のスピン情報を増幅してそのまま一定の値を保つことができる新しいナノ構造を開発した。
北海道大学大学院情報科学研究科の村山明宏教授と樋浦諭志助教、高山純一技術専門職員らの研究グループは2018年9月、半導体光デバイスにおいて、電子のスピン情報を増幅してそのまま一定の値を保つことができる新しいナノ構造を、北見工業大学の木場隆之助教と共同で開発したと発表した。
電子には電荷以外にスピンの状態がある。これを情報処理に活用するスピンエレクトロニクスが注目されている。スピン情報を安定的に保持するためには、鉄やコバルトなど金属磁性体と呼ばれる磁石材料が必要となるが、これらの材料で光デバイスを作製することはできなかった。一般的な半導体材料だと、スピン情報を保持することができない、など実用化に向けて課題があった。
そこで研究グループは、大きさが数十nm以下で、電子の個数を制御できる半導体のナノ構造「量子ドット(QD:Quantum dot)」を利用して、スピンが反転し緩和した電子を選択的に除去する方法を考えた。この結果、発光中のスピン分極率(P)を最大80%まで高めることができ、そのまま一定の値を保つことに成功した。
研究グループはスピンの選択的除去を効率的に行うため、新たにハイブリッドナノ構造を開発した。QDはガリウムヒ素(GaAs)中にインジウムを添加することで作製することができる。ハイブリッドナノ構造は、インジウムガリウムヒ素(InGaAs)半導体のQDと、別の量子井戸(QW:Quantum Well)を点状のQDにトンネル結合させた。
研究グループは、このハイブリッドナノ構造において波動関数を計算した。この結果、電子の存在確率分布は量子井戸の膜厚に強く依存していることが分かった。例えば、井戸の膜厚を20nmまで厚くすると、離れているQDの間でも波動関数が強くつながり、トンネル効果によって電子の移動が効率よく行われることが分かった。
実験では、量子井戸の膜厚が20nmのハイブリッド構造における、QD励起状態からの円偏光発光とその時間変化を測定した。この結果より、発光中の電子スピン分極率は、0.3ナノ秒にわたって60%を上回る一定値を保つことが分かった。
今回の研究では、量子井戸の膜厚という構造パラメーターのみで、トンネル効果の強さを精度よく制御することを可能にした。これにより、半導体量子ドットを利用して電子スピンを用いた光デバイスを実現することが可能となる。量子ドット間で電子やスピンの量子力学的結合を制御すれば、スピン情報ネットワークなど新しい機能性の開拓にもつながるとみている。
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