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リカレント教育とは、“キャリア放棄時代”で生き残るための「指南書」であるべきだ世界を「数字」で回してみよう(60) 働き方改革(19)(8/9 ページ)

» 2019年07月31日 11時30分 公開
[江端智一EE Times Japan]

わが国の初等教育を「コンピューターのアーキテクチャ」に置き換えてみる

 最後に、今回のコラムの構想開始時から、私がずっと考え続けてきた「なぜ、初等教育の段階から「収入に直結する実学」を教えないのか」についての、個人的な意見を述べて、このコラムを終えたいと思います。

 先日、教育システムを、コンピュータのアーキテクチャに落し込んで考えてみたら、「見えた」ような気がしましたので、そのお話をさせていただきます。

 コンピュータシステム(スマホ、タブレット、スパコンを含みますが、面倒なので、以下"パソコン"といいます)は、基本的に、

(1)パソコン本体
(2)オペレーティングシステム(Windows10とかLinuxとかありますが、面倒なのでOSといいます)
(3)アプリケーション

の3つの層から成り立っています。

 この3つの層からなるアーキテクチャは、今となっては当たり前のようにも思えますが、最初のパソコンが登場した時、この「3つ」は「1つ」だったのです。

 なぜなら、この3層のアーキテクチャの登場の前は、私たち技術者は、「ワープロ」と「お絵描きソフト」と「スプレッドシート」の専用装置3台を別々に作らなくてはならなかったからです。

 さて、この「コンピュータシステム」のアーキテクチャを、「教育」のアーキテクチャと対応させてみます。

 このアーキテクチャ図から導かれる、教育の目的は、

(1)「『パソコン本体』に対応する、心身共に健康で頑強な肉体」であり
(2)「『超高速大量の入出力信号をさばくOS』に対応する、様々な知識や技術から作られた知能基盤」であり
(3)「『インストールしてすぐに使うことのできるアプリケーション』に対応する、収入に直結する実学」

となります。

 この3つの層で構成される「パソコン」も「教育」も、低コストかつ短期間でさまざまなアプリ(教科)やらサービス(業務)やらを、利用可能とできる点において、優れていると言えます。

 ただ、一つ問題があります。最初からこのアーキテクチャの「上位」の部分だけを作ることはできない、ということです。

 「下位」から作っていかなければ「上位」を作れないのです。それは、OSのないパソコンにアプリをインストールすることができないことと同じことです。

 そして、この「下位」を作る作業が、実に面倒くさいのです(パソコンも教育も)。特に人間の場合は、ハードウェア(身体)とOS(基礎学力)を自力で作らなければなりません。学校教育のコンテンツは、パソコンショップや通販で買ってくることはできないのです。

 「下位」は、代わりとなるものはないし、しんどいし、楽しくなく、そして、大して評価もされません(あの、計算ドリルとか漢字の書取りを思い出して下さい)。

 そして、その最もつらく、楽しくもない作業を、人生で最も忍耐力のない子どもに強いらなければならない点に、この教育アーキテクチャのジレンマがあります。

 そして、将来役に立つかどうかさっぱり分からない(というか、大半は役に立たない)学校教育の教科たちは、それでも、将来、大量のアプリケーション(リカレント教育やらOJT)やらインストールされる可能性に備えて、同じ機能と性能を持っていることが保証されていなければ困るのです。

 誰が困るのか ―― あなたです。

 例えば、ある業務については使えるが、別の業務については全く役に立たない、というようなOS(基礎知識)では、アプリを作る側(この場合は、会社とか大学になる)はもちろん、アプリを使う側(あなたのこと)にとっても、学校教育の全期間(最低9年)がクソゲーに費やされる時間と同じものになってしまうのです。

 一方、「下位(パソコン本体/身体、基礎知能)」に対して「上位(アプリケーション/業務)」の世界は華やかです。

 上位は、楽しいし、作るのも使うのも簡単で、しかも分かりやすく評価されやすいです。その上、いらないと思えば、いつでもアンインストール(忘れる)してしまっても問題はありません。

 そして、この楽しい「上位」に関われる者が、理不尽な社会で忍耐力を獲得し終えた大人だけ、という点に、やりきれない思いがあります。

 この「上位」と「下位」を逆転して取り扱うことができれば、皆が幸せになれると思うのですが ―― 教育システムは、そもそもが、運命的にこのような不合理な要因を埋め込まれており、これを劇的に変更する方法はないのです。

 これまで、これを無理に変えようとした試みがなかった訳ではありませんが、私の見てきた限り、「効果を目的とする全ての教育改革は、運命的に失敗する」ようです。

 例えば ―― 少なくとも、私が知る限りにおいて、「臨教審」「中教審」を含めて、政治による教育改革(例:ゆとり教育)といわれるものが成功した事はないと思っています。

 CAI(Computer-Aided Instruction、コンピュータ支援教育)は、成功例を見たことがありませんし、プログラミング教育に至っては、今の内容のままでは確実に失敗します(断言)(参考:著者のブログ)。

 "英語教育"に関しては、単に開始年齢を引き下げるという「英語を使えない大人たちによる」暴力的な手法が採択されました。

 "IT教育"に至っては、現場の教師のITリテラシーが低すぎてお話になりません。教師が子どもに教えを請う必要があるくらいの低さです(もっとも、私は教師を責める気にはなりません。これはITの進歩の速度が速すぎるのです)。

たった990万円で、明日から英語ネイティブです

 では最後に「たわごと」を一つ ―― 。

 私は、教育問題を考えなければならなくなると、いつでも、SFなどの世界に逃げ込みがちになります。

 実際のところ、"AI"などという、まゆつばものに資金を投資するのをとっととやめて*)、人間の脳の方を改造する技術を開発した方が早いんじゃないかなー、と思っています。

*)関連記事:「中堅研究員はAIの向こう側に何を見つけたのか

 例えば、TOEIC600点レベルの英語を、数分で脳にインストールできるようになれば、私たちは、長年の苦痛*)から開放されると思います ―― このような脳への知識のインストールが可能となれば、義務教育の問題もリカレント教育の問題も、一気に消え失せます。

*)例えば、人生で一回も使わないであろう英単語を、TOEICの試験のためだけに暗記する苦痛、とか。

 そして多くの人は、たとえ、TOEIC"1点"の値段に"1万円"の値段がついたとしても、「TOEICパッケージ」を自分の脳にインストールするはずです ―― その広告コピーはこんな感じになるでしょう。

 「たった990万円*)で、あなたは明日から"ネイティブ"です

*)TOEICのフルスコアは990点です。

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