さて、ここまでは、リカレント教育を批判的に述べてきましたが、ここからは、一転逆転して、リカレント教育による効果を、恣意的に好意的に考えてみたいと思います。
リカレント教育が、労働力や生産性につなげる道程は、決してラクチンなものではないことは事実ですが、もし、リカレント教育がうまく回った場合に「何が起こり得るか」を、江端の独断と仮説に基づいて計算してみます*)。
*)私が調べた範囲内で、『リカレント教育への投資効果に関する定量評価』と題する論文数は"ゼロ"でした(私が見落としていたら、ご一報ください)。
今回の計算(シミュレーション)では、以下の3つの単純化した仮説を用いることにしました。
(1)キャリアのレベル(生産性、給与)は、勤続による経験と取得しているスキルの合計値に、勤続年数をかけ算したものとする
(2)離職によって勤続年数はリセットされ、離職期間に応じてキャリアのレベルは低下する
(3)スキルは、自己啓発やリカレント教育などによって、キャリアのレベルを増やすことができる
――と、ここまでは簡単だったのですが、この仮説を具体的な数値に落す方法で悩みました。
そこで、今回は、以前調べた以下の図を参考にすることにしました。
そして、以下の2つの係数
(A)『正規労働者が定年まで務めあげればざっくり給与が2倍となる係数(勤続年数係数)』
(B)『前述の大学の授業のコマ数に比例した係数(基本スキル係数)』
を、「力づく」で算出しました。その結果は以下の通りです。
まあ、この数値の真偽の程はさておき、上図のパラメータの数値を見直して、改めて思うのですが ――
さて、これらのパラメータを使って、エクセルでシミュレーション計算した結果を右図に示します(参照)。
今回は、4タイプの働く人を想定してみました。
【タイプ(A)】経験のみ
この人は、基本的に入社後一切、上記の「形式知スキル」を身につけない人、としました。
【タイプ(B)】自前の”陽キャ(陽気なキャラクター)”のみ
この人は、上記(A)の他に、持って生まれたコミュニケーション能力(係数0.012)だけを処世術として行く人、としました。
【タイプ(C)】2年休職 + (IT+英語)スキル
二年間の休職中に、社会人大学に入学して、次の就職先で「形式知スキル」を取得し、特に"IT"と"英語"で自己価値を上げている人、としました。
【タイプ(D)】異業種転職(2回)
この人は2回の転職を行いましたが、「形式知スキル」の取得を一切行わない人、としました。
(かなり恣意的なパラメータの設定ではありますが)シミュレーションの結果は以下の通りとなりました。
基本的には「暗黙知スキル」だけで働いている"タイプ(A)"の人より、明るい性格で会社のムードメーカーにもなっている"タイプ(B)"の人の方が、若干、キャリアのレベルが高くなっています。
"タイプ(C)"の人は、2年間休職しても、自分に新しいスキルを獲得し、時間はかかっていますが、上記の二人よりも高いレベルとなって定年を迎えていることが分かります。30歳という比較的若い時代のスキル取得が、10年単位で効いているからです。
今回のシミュレーションで最悪の結果となったのが、"タイプ(D)"の人でした。新しいスキル取得をしない転職は、よほど良い条件でない限り、キャリアの「リセット」となり、特に、「異業種」転職は、最悪最低の結果を招くことになります。
このように「リカレント教育」は、政府の資料や、社会人大学の広告に記載されているほど、バラ色の未来を保証するものではありません(前述した通り、「時間の確保」の考え方がない)。それでも、あなたの努力でうまく回すことができれば、あなたの人生も、うまく転がしていける可能性があります。
もっとも、うまく転がるためには、あなたの「幸運」も大きく作用しそうではありますが。
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