後輩:「なんで『介護IT』なんですか?」
江端:「実家で次から次へと起こる問題に対応するため、いろいろな技術を実家に仕込んできたんだけど、『忘れない内に書き残しておきたい』って言っていたらEE Time Japanで短期の連載としてくれることになった」
後輩:「それにしては、いつも通り、我が国の介護研究をコテンパに批判する内容になっていますね。そういえば、いつぞやは、『―― お前ら、介護の現場、ナメてんのか』*)って、18ptの強調文字で書いていましたね」
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江端:「まあ、介護技術というものがもう一つ盛り上がれないのは仕方がないと思っているけどね。『被介護人(親)の死をもって完了する』*)のが高齢者介護の偽らざる姿だから」
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後輩:「まあ、よくそこまで、皆が目を背けたい事実を、山ほどズバズバ書いてきましたよね。その点だけは、江端さん(の心臓)を尊敬していますよ」
江端:「介護に幸せな道はない*) ―― これを正面から認めないと、次の手が打てないからね。客観的な現状認識は、エンジニアニングアプローチの原則だし」
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後輩:「で、江端さんは、この連載で、視点を、被介護者から介護者側にシフトした訳ですね」
江端:「高齢者介護が『愛』で成立したのは、介護期間がたかだか6カ月間だったころの時代の話だから*)。介護の期間が10年間にも至る今の時代に『愛の介護』なんぞ維持できる訳がない ―― 実際、介護によって、人間関係が憎悪や虐待に変化していく様を、私は山ほど見てきた」
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後輩:「……」
江端:「だから、私はこの連載で、被介護者ではなく、介護者を守りたい ―― そのアプローチは『手を抜く介護』で、その手段を『IT』としてみた ―― まあ、他の手段もあるかもしれないけど、私は知らない」
後輩:「ふーん。私は、今回分を読んで、江端さんが『介護ビジネス』で起業でもするのか思いましたよ」
江端:「しないよ。『介護施設の長が、パソコンからメールを送信できない』というような話が出てくるような現場に、最先端の監視・制御のIT機器を導入しなければならないなんて ―― 考えるだけで寒気がする」
後輩:「あれ?でも、江端さん『IT』による『手を抜く介護』で、世界を救いたいんでしょう?」
江端:「いや、私が救うのは、私のコラムの内容に付いてこられるエンジニアだけだよ。普段、エンジニアに対する敬意がないくせに、都合の良い時にだけ『日本が世界に誇る技術』などと平気で言い放つこの国の大多数の人間(著者のブログ)なんぞ、最初から相手にしていない」
後輩:「ちっちぇー……、あなたって人は、本当に『器が小さい』ですよね」
江端:「本文にも『「介護IT」の目的を、自己満足で自己完結した自己救済と位置付けます』って書いただろう」
後輩:「まあ、それは分かりました ―― でも、江端さん。第一回目から、サブジェクト(主題)を滅茶苦茶に外していますよ」
江端:「え?」
後輩:「あのね、 江端さんが最後に『オマケ』のように書いている、「苦痛の定量化/見える化」あれこそが、介護ITのど真ん中のサブジェクトじゃないですか?」
江端:「え? そうなの?」
後輩:「介護に幸せな道はない ―― その通りですよ、江端さん。介護は苦痛そのものですよ。でも江端さんは、その苦痛を『被介護者』に限定していますよね」
江端:「身体的苦痛は、被介護者が感じるものだから……」
後輩:「そうじゃないでしょう。身体的苦痛だけが苦痛ではないでしょう。介護する人間の心理的または肉体的苦痛、介護専門職の人の長時間労働や低賃金の苦痛、そして国家の財政的苦痛、なにより国民全員の未来に対する絶望という苦痛 ―― 介護は、社会の苦痛そのものです」
江端:「あ……」
後輩:「苦痛に対する正確な計測と客観的評価、苦痛の正しく公平な評価、さらには苦痛のコスト換算、それらの社会に対する認知と、社会福祉費の正しいリソース配分、そして、江端さんの言う、『耐えがたい苦痛に対する、最終的な意志決定支援』―― これこそが、『介護の情報技術(IT)』そのものでしょうが」
江端:「……」
後輩:「まさかと思いますが、江端さん。この話を、初回の軽いネタで流すつもりじゃないでしょうね?
―― 江端さんが、このシリーズの最終回に持ってくる大ネタは、「経済」でも「政治」でもなく、『「苦痛」が動かす社会の未来像』を明らかにすることですよ」
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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