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Intelの逆襲なるか、ゲルシンガーCEOが描く「逆転のシナリオ」湯之上隆のナノフォーカス(40)(3/3 ページ)

» 2021年07月28日 11時30分 公開
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IntelがGFを買収すると事態は一変

 このように、筆者は「Intelに勝ち目無し」と決めつけていたが、GW明けの5月6日にIntelと協業するIBMが2nmの開発に成功したというニュースを見て「ん?」と刮目(かつもく)した。もしかしたら、IBMのこの最先端技術は、Intelにとって福音となるかもしれないからだ。

 そして7月15日のIntelによるGF買収の報道に驚き、Intelを見る目つきが変わってしまった。IntelとGFは、相互に補完的な関係を構築できるため、買収が成功すれば、車載半導体の製造を含むファウンドリー事業が可能になるからだ。

 GFは、2008年にAMDの半導体製造部門を分社化し、2009年にアラブ首長国連邦のアブダビ首長国が所有する投資会社ATIC(Advanced Technology Investment Company、2014年にMubadala Technologyに社名変更)が出資することによって設立されたファウンドリーで、2010年にシンガポールChartered Semiconductorを買収することにより、その当時、世界第2位のファウンドリーとなった。

 その後、2014年にIBMの半導体事業を取得し、Samsungの技術を基に、2016年に14nm、2018年に12nmの立ち上げに成功したが、10nmをスキップして7nmに挑戦するも失敗し、微細化は12nmで止まってしまった(図3)。

図3:ロジック半導体の微細化(7nm以降はTSMCの1人勝ち状態) 出典:TrendForceの図に筆者が加筆(クリックで拡大)

 しかし、現在、ドイツ・ドレスデンの「Fab1」、Chartered Semiconductorの「Fab2」から「Fab7」、米ニューヨーク州マルタの「Fab8」があり、最もレガシーな0.18μmから12nmまで幅広いテクノロジーノードの半導体を製造できる。また、CPU、各種ロジック、SRAM、ROM、FPGA、ミックスドシグナルICなど、多種類の半導体の受託生産が可能である。特に、SOI(Silicon On Insulator)ウエハーを使ったプロセッサに強みを持つ。加えて、車載半導体も製造している。

 2021年のファウンドリー売上高では、TSMC、Samsungに次ぐ3位の座をUMCと争っている(図4)。その規模はTSMCの8分の1しかないが、Intelの傘下に入り、Intelがアリゾナ州に建設する100億米ドルのファウンドリーが加われば、一気に2位のSamsungに迫ることになる。

図4:ファンドリーの売上高シェア 出典:DRAM eXchange、URLはこちら(クリックで拡大)

 しかも、GFは、Samsungには無いレガシーなテクノロジーノードで、多種多様な半導体を製造できるため、実質的なファウンドリーとしては、TSMCに次ぐ第2位の地位に躍り出ることになる。要するに、この驚きのGF買収により、Intelは、ファウンドリー事業のノウハウを丸ごと手に入れることができるわけだ。

 従ってIntelがTSMCを追撃するためには、IBMの最先端技術を活用して10nm以降の量産を立ち上げること、および、GFのファウンドリーのN倍化を図って規模を拡大すればいいということになる。

 そのGFは2021年3月3日、14億米ドルを投じて米・ドイツ・シンガポールの3拠点の生産キャパシテイを拡大し、6月23日にシンガポールに40億米ドルを投じて工場を新設すると報じられた。加えて、7月19日に10億米ドルを投じて米ニューヨーク州マルタの「Fab8」の生産能力を拡張することも明らかになった(関連記事:「GFがニューヨーク州に新工場建設へ」)。このGFをIntelが買収すれば、まさにIntelのシナリオ通りということになるだろう。

打つべき手を全て打ったIntelのGelsinger CEO

 2021年2月15日にIntelの8代目CEOに就任したGelsinger氏は、その約1カ月後の3月23日に、「Intel Unleashed: Engineering the Future」を発表し、Intelの立て直しのために、以下の戦略に打って出た。

  • ファウンドリー事業および車載半導体の製造のためにGFの買収に乗り出した
  • 最先端半導体技術を入手するためにIBMと提携した
  • IntelがTSMCに3nmのCPU製造を委託した模様(参考

 以上に加えて、米国がTSMCを誘致し、そのためにBiden政権が投入する半導体製造強化の補助金を巡って、Intelが異議を唱えていることが明らかになった(日経新聞7月15日)。

 記事によれば、米上院議会が6月8日に520億ドルの補助金を投入する法案を可決した後、米政治専門サイトのポリティコに6月24日、Gelsinger CEOの寄稿文が掲載された。それによれば、Gelsinger CEOは、米政府によるTSMCへの支援がいかに間違いであるかを長文で書き連ね、米政府が目指す半導体強化による製造業のリーダーシップ復権のためには「(政府が今、使おうとしている)補助金は米国の知的財産に投資されることが望ましい。米国に重要な技術を有する企業に米国の税金は使うべきだ」と主張したという。

 要するにGelsinger CEOは、3nmのCPUをTSMCに委託する(可能性がある)一方で、「米国の補助金を、TSMCではなく、Intelによこせ」と言っているわけである。何かGelsinger CEOの執念が見て取れる気がする。

 このように、Gelsinger CEOは、「Intel Unleashed: Engineering the Future」を実現させるために、考え得る限りの打つ手を、全て打ったと言える。後は、その手段を実行に移すのみである。

Gelsinger CEOの前に立ちはだかる壁

 ここまでのGelsinger CEOの手腕は、お見事というしかない。しかし、Gelsinger CEOの戦略の前には、大きな壁が立ちはだかっている。それは、GFの買収における中国の司法当局の承認である。

 Biden大統領は3月25日、就任後の初の記者会見で、米国と中国の関係を「民主主義と専制主義の闘いだ」と位置付けた(日経新聞3月26日)。その結果、米中関係は、Trump前大統領時代よりも悪化しているように思う。

 そのような状況の下、Intelによる約300億米ドルのGF買収を、中国の司法当局がすんなり承認するとは思えない。例えば、2016年秋にQualcommが440億米ドルでNXP Semiconductorsの買収を進めようとしたケースでは、買収期限に設定していた2018年7月25日午後11時59分までに、世界に9カ所ある独禁当局のうち、中国だけが承認しなかった。その結果、QualcommはNXPの買収を断念せざるを得なかった。同じようなことが、今回も起きるかもしれない。

 Gelsinger CEOは、3nmのCPUを製造委託したTSMCに対して、米国の補助金を使うべきでないという主張を行うなど、破れかぶれな戦術を繰り出している。しかし、習近平国家主席率いる中国政府に対しては、もっとタフな交渉が必要となるだろう。筆者としては、世界があっと驚くような戦術を考案・実行し、GF買収を成功させることを、Gelsinger CEOには期待したい。

(次回に続く)

⇒連載「湯之上隆のナノフォーカス」記事一覧


筆者プロフィール

湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長

1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年に渡り、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。


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