後輩:「『宗教による起業』という着眼点はいいと思うのですが、江端さんのビジネス検討の方向性が、もう、どうしようもないほど、うちの会社の連中とそっくりで、ちょっとガッカリという感じでしょうか」
江端:「というと?」
後輩:「サービスデザイン(設計)がなっていない。(1)通り一遍の市場規模調査、(2)自分の頭の中にある都合のよいユーザのペルソナ、(3)時間経過に対するサービス対応の未検討 ―― その他、いろいろ挙げればキリがないのですが、『失敗する起業』のサンプルを見せられた気持ちです」
江端:「……」
後輩:「というか、もっと考えることがあるでしょう。例えば、『寺社や教会を、施設や信徒、丸ごとの譲渡』とか、『新興/大手宗教団体とのM&A』とか ―― 江端さんも含めて、どうして弊社のエンジニアたちは、なんでもかんでも”スクラッチ”から作ろうとするのか、理解に苦しみます」
江端:「まあ、これは、一種の思考実験(机上シミュレーション)でもあるし……」
後輩:「それと、これが一番重要なことなのですが、今回の江端さんのコラムからは、『何がなんでも宗教でビジネスを立ち上げるぞ!』という気合、というか、信念が、全く感じられないのです。また、江端さんの宗教ビジネスに、一本筋の通ったポリシーというものも見られません」
江端:「一本筋の通ったポリシーって、どういう?」
後輩:「起業というのは、単なる金もうけの手段ではありません。”起業”とは、まだ”世の中にない何か”を、それを”自分”が”最初”に”具現化したい”という欲望のことです。今回江端さんのコラムには、”それ”が見当たらない。単に金を手にするだけの手段なら、アルバイト情報誌でも買って、電話すればいいだけのことです」
江端:「……」
後輩:「それどころか、宗教全体に関する江端さんの強烈な嫌悪感が、文章の端々に現われています。ぶっちゃけて言えば『誰か、このコラムを読んで、宗教ビジネスで派手に失敗しやがれ』というような悪意に満ちあふれていると感じます」
江端:「いやいや、私は、本気で、30代の孤独・孤立を狙ったサービスを考えているぞ、かなり真剣に」
後輩:「では、ここでは、そういうことにしておきましょう。ですが、そうだとしても、江端さんの分析では、ターゲットに対する理解が甘いと言わざるを得ません」
江端:「政府の対応(孤独・孤立対策担当室)や、データからも、”孤独”がビジネスとして成立することは、自明だろう?」
後輩:「江端さん。今の30代や40代が、孤独・孤立化しているのは事実でしょう。そして、結婚が恐ろしく難しい時代であるのも確かです。しかし、彼らは彼らなりの理由でそれを選び、あるいは、彼らの環境が、彼らをそのように選ばせているのです」
江端:「だからこそ、彼らの救済が……」
後輩:「――と、直線的に考えてしまうことが、”甘い”と言っているのです。彼らは、一人で生きていく未来を、それが最善ではないとしても、諦めとともに、理解して、受けいれているのですよ」
江端:「本当?」
後輩:「その世代の絶望的な収入はもちろんですが、その世代の支出も調べてみてください。彼ら、お金を使っていませんよ。使っているとしても、非常に少ない範囲で、自分の生活にインパクトを与えない範囲です」
江端:「なんでそうなる?」
後輩:「彼らは分かっているんですよ。結婚せずに、孤独になって、ぎりぎりの生活を生きて、これといったハレのないまま、死に至る未来の自分を ―― 彼らは、彼らなりの、高精度な自分の人生のシミュレーションをしているのです」
江端:「……」
後輩:「私達の30歳代は、まだ、『なんとかなる』という、根拠のない予測の上で生きることが許された時代でした。しかし、今、30歳代の彼らは、既に”予測”ができていて、そして”覚悟”もできているんですよ ―― 『これから先も、なんともならない』し、そして『孤独のまま生きて、死んでいかなければならない』ということを」
江端:「でも、それ、仮説だろう?」
後輩:「もちろん、私が業務で調べたデータに基づく仮説ではありますが ―― でもね、江端さん。『少子化』って、そういうことの結果なんじゃないですか?」
江端:「……」
後輩:「彼らは、『誰も彼も、最期はクソったれな人生で終わる。その点のみで人は平等だ ―― だから、諦めろ』なんてフレーズ、『今さら、あんた(江端)に教えてもらうまでもない』と思っていますよ」
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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