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「ASMLショック」は空騒ぎ? 覚悟すべきは2025年のトランプ・ショックか湯之上隆のナノフォーカス(77)(4/4 ページ)

» 2024年11月11日 11時30分 公開
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中国によるArF液浸の爆買い

 ところが、ASMLは依然として、中国向けに、大量の露光装置を出荷し続けているのである(図6)。

図6 ASMLの四半期の地域別売上高(比率)[クリックで拡大] 出所:ASMLの決算報告のデータを基に筆者作成

 まず、図6Aの地域別の売上高比率で見てみると、2022年Q1にわずか8%だった中国向けは、同年Q3に46%に急増した。Q4に39%に低下したので、この後は中国向けが減少し続けるだろうと思っていたら、そうはならなかった。中国向けの比率は、2024年Q1とQ2に49%、Q3でも47%と高止まりしているのである。

 次に、図6Bの地域別の売上高金額を見てみると、中国向けは2023年Q3に24.4億ユーロとなり、Q4に19.4億ユーロとやや減少したものの、2024年Q1以降再び増大し、同年Q3には過去最高の27.9億ユーロとなった。

 図5Bの露光装置別の売上高と、図6Bの地域別の売上高を突き合わせて見てみれば、どう考えたって、中国(の例えばファウンドリーのSMIC)が大量のArF液浸を爆買いしているとしか思えない。

 では、どうして、このようなことがおきるのだろうか?

中国によるArF液浸爆買いのカラクリ

 ASMLは2009年以降、ArF液浸として、「NXT:1950i」「NXT:1960Bi」「NXT:1965Ci」「NXT:1970Ci」「NXT:1980Di」「NXT:1980Fi」「NXT:2000i」「NXT:2050i」「NXT:2100i」、などをリリースし続けてきた。

 前述したように、ASMLは2023年9月1日以降、「NXT:2000i」「NXT:2050i」「NXT:2100i」の3種類のArF液浸の出荷には、オランダ政府の許可が必要になった(2024年1月1日以降は米国政府の許可も必要)。加えて、「NXT:1970i」シリーズおよび「NXT:1980i」シリーズには米国製部品が含まれているという理由で、米国政府がASMLの輸出を制限し始めた。

 ただしその後、オランダ政府が、「NXT:1970i」シリーズおよび「NXT:1980i」シリーズの輸出許可権を米国から取り戻したということが報道されている(ロイター、2024年9月6日)。

 このような状況のもと、中国が、2023年Q3から2024年Q3まで、大量のArF液浸を導入し続けているわけだが、そのカラクリにはどのようなことが考えられるだろうか?

1)まず、ASMLが輸出規制を発動する2023年9月1日までに大量の「NXT:2000i」「NXT:2050i」「NXT:2100i」を発注し、加えて米国が規制する同年10月までに、やはり大量の「NXT:1970i」シリーズおよび「NXT:1980i」シリーズを発注したことが考えられる。しかし、図1に示したように、2022年Q3(89.2億ユーロ)から2023年Q3(26億ユーロ)にかけて、受注額は大きく減少しており、「中国による大量の駆け込み発注」があったようには見えない。

2)次に、2024年1月以降は、「NXT:2000i」シリーズについて、米国政府の許可を得なければならなくなった。図1を見ると、2023年Q4に91.9億ユーロもの巨額の受注額を記録している。これは、中国による2024年1月前の駆け込み発注であると考えられる。

3)さらに、オランダ政府や米国政府が規制していないArF液浸、つまり、「NXT:1950i」「NXT:1960Bi」「NXT:1965Ci」などを、中国が大量に導入し続けていることが考えられる。そして、ASMLやオランダ政府が米国政府の意向に反する行動を取るとは思えないため、この「規制されていないArF液浸を中国が爆買いしている」可能性は高いと考えられる。

 以上、オランダ政府や米国政府の規制のもとで、中国がどのようにしてASMLからArF液浸を大量に導入しているかを考察してみた。

 では、「中国がASMLからArF液浸を爆買いしている」ことに対して、米商務省は、そして、来年2025年1月20日に大統領に就任するトランプ氏は、どのような政策を取るだろうか?

「トランプ・ショック」、到来か?

 トランプ氏はBloomberg Businessweekのインタビューで7月10日、「台湾は我々から半導体ビジネスを奪った」と語ったという(BUSINESS INSIDER、7月25日)。

 さらにこの記事には、「我々はなんて愚かなんだろう。彼らは我々の半導体事業をすべて奪った。彼らは莫大な富を得ている」「台湾は防衛費を我々に支払うべきだと私は思う」「我々は保険会社と何ら変わらない。台湾は我々に何もしてくれない」とトランプ氏が発言したことが書かれている。

 また、トランプ氏は輸入品に対する関税引き上げを大統領選の公約に掲げていた。中国からの輸入品には一律60%、その他の国からの輸入品に10〜20%の関税をかけるとしている。米国向け半導体が売上高の約70%を占めるTSMCがどちらに分類されるか分からないが、TSMCに生産委託している米Apple、NVIDIA、AMD、Intel、Qualcomm、Broadcomなどが大きな影響を受けるのは必至だろう。

 さらに、トランプ氏は、バイデン政権が2022年に成立させた「CHIPS法」を厳しく非難しており、補助金や税額控除ではなく、関税によって米国内に半導体工場建設を促すべきだと主張しているという(日経XTECH、2024年11月7日)。

 このようなトランプ氏は、「ASMLが中国に大量のArF液浸を出荷し続けていること」を間違いなく問題視するだろう。そうなると、トランプ政権はASMLに対して、「ArF液浸の即時全面輸出禁止」やそれ以上の厳しい規制を要求する可能性も考えられる。

 トランプ氏の言動は読めない。しかし、半導体業界に、「トランプ・ショック」の激震が走ることは、覚悟しておかねばならないと思う。


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筆者プロフィール

湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長

1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年に渡り、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。2023年4月には『半導体有事』(文春新書)を上梓。


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