“まだまだ先”だと思っていた「シンギュラリティ」の到来は、ぐっと早まり、なんとあと5年以内にやってくるという。そこで本稿では、シンギュラリティが到来しているであろう2030年の半導体世界市場を予測してみたい。その頃には、チップ当たりではなく、パッケージ当たりの演算能力を指標にするような「新ムーアの法則」が、半導体の進化をけん引しているのではないだろうか。
米発明家レイ・カーツワイル氏の著書『ポスト・ヒューマン』(2007年/NHK出版、図1)を読んだ時、「指数関数的に能力を向上させる人工知能(AI)は、2045年に全人類の知能を超えて、シンギュラリティ(特異点)が到来する」という予測に筆者は大きな衝撃を受けた。軍事用コンピュータ「スカイネット」が人類を敵とみなして核戦争を起こすストーリーの(筆者が大好きな)SF映画『ターミネーター』のような世界がやって来るかもしれないと思ったからだ。
ただし、カーツワイルが前掲書を発表したのは2005年であり、日本語版が出版されたのは2007年であったため(筆者はこれを読んだ)、シンギュラリティがやって来るのははるか遠い未来であり、(『ターミネーター』のような)危機がひたひたと迫ってくる感覚を持つことは無かった。
ところが、2022年11月30日にOpenAIがChatGPTを公開したことによって事態が急変した。
カーツワイル氏は日経新聞のインタビューの中で、次のように語っている(「レイ・カーツワイル氏「脳とAI接続、知能100万倍に」」、日経新聞11月23日)
<「私が人間をしのぐAIに関する予想を発表したとき、後にノーベル賞を受賞する研究者を含めて『あと100年はかかるはずだ』と誰も賛同しなかった」「AIがより優れたAIを生み出すようになり…(中略)…2029年にはAIが人間より高い知能を持つ」「今や『2029年』という予想すら保守的とみられている」>(発言の順序を筆者が入替えた)
この記事に、再び筆者は驚くことになった。「はるか遠い未来」だったシンギュラリティが、あと5年以内にやって来るというからだ(もうすぐじゃないか!)
実際に、2024年のノーベル物理学賞にはAIの基礎となる「機械学習」を発見、発明した研究者2人が選ばれ、ノーベル化学賞にはAIでタンパク質の構造予測に成功した研究者ら3人が選ばれた。つまり、2024年のノーベル賞受賞者には、AI関係の研究者らが5人も選ばれた。『あと100年かかる』といわれたことが、カーツワイル氏の予測からわずか19年で起きてしまったのである。
そしてこのようなAIの飛躍的な進歩に大きく貢献しているのが、米NVIDIAのGPUなどのAI半導体である。
そこで本稿では、まず、AI半導体の貢献によって、(既にシンギュラリティが来ているはずの)2030年に世界半導体市場がどこまで成長しているかを予測する。次に、パッケージ当たりの計算速度を指標にすると、ムーアの法則が加速し始めている実態を明らかにする。さらに、ムーアの法則を加速させている一要因が半導体の微細化の飽くなき継続であり、それにはASMLの最先端の極端紫外線(EUV)露光装置が大きく貢献している(あるいは貢献するであろう)ことを論じる。
最後に、2050年頃までの世界半導体市場を予測するとともに、ある意味で「既にシンギュラリティに到達している」という私見を述べる。もう、『ターミネーター』はあなたの隣にいるのかもしれない。
図2は、2024年11月14日に開催された“ASML Investor Day”で、Amit Harchandani氏が“End markets, wafer demand and lithography spending ”のタイトルで発表したスライドである。この図には、2025年から2030年にかけて、スマートフォン、PC、コンシューマー、有線&無線インフラ、サーバやデータセンター&ストレージ、クルマ、産業などの各種電機器用の半導体がどれだけ成長するか、また世界半導体市場がどこまで成長するかが示されている。
ここで図2をよく見てみると、各種のグラフには、「CMD 2022」と「CMD 2024」の2種類の予測動向が書かれている。「CMD 2022」とは、2022年時点を基にして2025〜2030年の半導体市場を予測したものであり、「CMD 2024」は2024年時点を基に上記予測を行ったグラフであろう。
この2つの予測で大きく異なるのは、生成AIの世界的なブームが反映されているか否か、そして2023〜24年の半導体不況を考慮しているかどうか、ということになる。OpenAI社がChatGPTを公開したのが2022年11月30日であるから、「CMD 2022」に基づく予測には生成AIの影響は考慮されていない。一方、「CMD 2024」においては、生成AIの影響が反映された予測になっている。そして2023〜24年に半導体不況に突入したため、「CMD 2022」にはその影響が考慮されておらず、「CMD 2024」にはその不況の影響が反映されている。
以上のことを頭に入れて、あらためて図2を見てみると、サーバやデータセンター&ストレージ以外の電子機器用の半導体出荷額は、「CMD 2022」の方が「CMD 2024」の方が大きくなっている。しかし、その成長率は一桁台であり、あまり大きくない。その詳細を以下に示す。
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