東京理科大学は、光強度を変化させることで時定数を制御できる色素増感太陽電池(DSC)を用いた「自己給電型光電子シナプス素子」を開発した。この素子を物理リザバコンピューティング(PRC)に応用し、低消費電力で人の動きを高い精度で識別できることを実証した。
東京理科大学は2024年11月、光強度を変化させることで時定数を制御できる色素増感太陽電池(DSC)を用いた「自己給電型光電子シナプス素子」を開発したと発表した。この素子を物理リザバコンピューティング(PRC)に応用し、低消費電力で人の動きを高い精度で識別できることを実証した。
光電子シナプス素子を用いたPRCは、エッジAIデバイスとして注目されている。視覚システムのようにリアルタイムで高い認識能力を実現できるからだ。しかし、光電流に基づいて動作するため、バイアス電圧の適用が必要となり消費電力の大きさが課題となっていた。
研究グループはこれまで、生体信号を処理するためPRCに応用できる紙ベースの光電子シナプス素子を開発してきた。今回は、人の目の残像現象に着目し、DSCの特性を活用した自己給電型の光電子シナプス素子を開発し、PRCへ応用した。
実験では、光の吸収波長が550〜700nmのスクアリリウム誘導体色素を用いたDSCを作製した。このDSCに波長658nmのレーザーを照射し、光強度に対する過渡応答を調べた。この結果、光強度が0.05mWと弱ければ開回路電圧(VOC)までに5秒かかり、光強度が15mWと強い場合は45ミリ秒で到達することを確認した。
また、平均立ち上がり時間(τrise)と立ち下がり時間(τdecay)を調べた。これにより、光強度が0.1mWから10mWに増えると、τriseは0.75秒から8.9ミリ秒に減少した。一方、τdecayは光強度が0.1〜1mWの範囲で減少したが、1〜10mWの範囲ではほぼ一定であった。これらの結果から、光強度を変化させればDSCの応答時間を制御できることが分かった。
さらに、DSCベースの光電子シナプス素子に連続パルス光を照射し、光強度への影響を調べた。0.2mWでは照射ごとに電圧が増加した。ところが、5.0mWだと1回目の照射で電圧が飽和し、2回目の照射では増加しなかった。光強度が低下するとPPF(ペアパルス促進)指数が223%になるなど、光強度の増減でPPF指数が変動することを確認した。
PPFとPPD(ペアパルス抑制)を制御するため、1回目の光照射(P1)と2回目の光照射(P2)で、その強度を変えて測定した。この結果、P2がP1よりも小さい時にPPDが、大きい時にはPPFが、それぞれ発生した。これにより、光強度の変化で応答を制御できることが判明した。
光電子シナプス素子を用いたPRCの性能を評価するため、さまざまなパルス幅と光強度でのSTMタスク、PCタスクによる時系列データ処理を行った。STMタスクでは最大C値(CSTM)が「1.31」、PCタスクでのC値(CPC)は「1.13」となった。
研究グループは、人の動作を撮影した映像を用い、動作認識の作業を行った。具体的には、入手した画像を8分割し、各部分の平均輝度を時系列データとして取得、0.1〜1mWの光パルスに変換してDSCに入力した。得られた電圧データをニューラルネットワークに入力して動作を認識した。この結果、「屈伸」「ジャンプ」「走る」などの動作を80%以上の精度で識別できた。全体の認識精度は92%に達したという。
今回の研究成果は、東京理科大学先進工学部電子システム工学科の生野孝准教授と東京理科大学大学院先進工学研究科電子システム工学専攻の小松裕明氏(2024年度博士課程2年)、細田乃梨花氏(2024年度修士課程2年)らによるものである。
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