2025年1月下旬に公開された中国発の大規模言語モデル(LLM)「DeepSeek-R1」は世界に衝撃をもたらした。わずか2カ月で開発されたというこのLLMの登場で、半導体ウエハー需要はどう変わるのだろうか。
2025年1月20日、世界は「DeepSeekショック」に震撼した。中国の新興AI企業DeepSeekが、米OpenAIの「GPT-4」に匹敵する大規模言語モデル(LLM)「DeepSeek-R1(以下、R1)」を公開したからである。この「R1」は、わずか2カ月で、他社の数十分の一の560万米米ドルで開発されたという(参考:『AI業界に激震、突如公開された中華AI「DeepSeek」の驚きのポイント』、ITmedia AI+、2025年1月28日)。
DeepSeekは、既存のAIモデルが出力するデータを活用し、新たなAIモデルを作り出す「蒸留」と呼ばれる手法を採用したとされている。そして、開発にあたっては、誰でも利用可能なオープンソースのAIモデルが活用されたと説明されている(日経新聞1月30日、注)。
筆者は、このDeepSeekに関する一連の報道を見て、米国の発明家レイ・カーツワイル氏がかつて語った「AIがより優れたAIを生み出す時代が来る」という言葉を思い出した(拙著『2029年に「シンギュラリティ」が到来か 〜半導体は「新ムーアの法則」の時代へ』)。DeepSeekの「R1」は、まさに「AIによって生み出されたAI」であるからだ。
その後、カーツワイル氏は2024年11月25日に『シンギュラリティはより近く』(NHK出版)を上梓したが、世界はその予測通りに進展しているようだ(図1)。この本の帯には、「世界はシンギュラリティを目指して歩んできたが、今や全力疾走に入っている!」と記されており、DeepSeekはその一端を象徴する出来事であるように思う。
ここで、本稿では、まず、生成AIブームを世界に引き起こしたChatGPTと、今回注目を集めているDeepSeekが「イノベーション」の観点からどのように説明できるかを論じたい。次に、ChatGPTやDeepSeekなどの登場により、本格的な生成AIブームが世界を席巻する中で、半導体のウエハー需要がどのように拡大するかを示したい。筆者の関心は実はここにある。
なお、DeepSeekの登場によって、NVIDIAのGPUなどの高性能半導体が不要になるとする記事も見受けられるが、筆者はその見解には賛同しない。それどころか、DeepSeekがLLMを短期間かつ低コストで開発できる可能性を示したことにより、新興AI企業が今後多数設立されるようになるため、むしろ、世界のウエハー需要は逆に増加すると考えている。
注)前掲日経新聞には、DeepSeekがオープンソースだけでなく、外部に公開していないOpenAIの大規模言語モデルを用いた疑惑が出ており、OpenAIが米政府および米Microsoftとともに調査を進めていることが記載されている。ただし、本稿では情報不足ということもあり、この内容には踏み込まない。
ChatGPTやDeepSeekなど(LLMを含めた)生成AIモデルについて言及する前に、まずイノベーションの定義を確認しておきたい。
多くの新聞やメディアでは、イノベーションを「技術革新」または「革新」と訳しているが、これは明らかに誤訳である。
では、正しいイノベーションの定義とは何かというと、「爆発的に普及した新製品、新技術、新サービスなど」である。イノベーションにとって最も重要なのは「爆発的に普及する」ことであり、どれだけ高性能な製品、技術、サービスなどを開発しても、普及しなければ、それはイノベーションとはいえないからだ。
さらに、ハーバード・ビジネススクールの教授だった故クレイトン・クリステンセン(Clayton M. Christensen)は、イノベーションには「持続的」と「破壊的」の2種類があることを、著書『イノベーションのジレンマ』(翔泳社、日本語初版2001年7月3日)で明らかにした。
以下では、この「持続的」と「破壊的」イノベーションを用いて、PCがスマホに破壊された事例を説明してみよう。
1990年頃からPC市場が拡大し始め、PCは年々、動作速度やメモリ容量を増大させていった。これは、クリステンセンの言うところの「持続的イノベーション」に該当する(図2)。
そのような中で、2010年頃に5万円の超低価格PC(ネットブック)が発売された。この動きは、クリステンセンの理論で言うところの「ローエンド型破壊」に当たるが、実際にはそれほど大きく普及しなかったため、破壊的イノベーションを起こしたとは言い切れない。
そして、PC市場を破壊したのは、米Appleが2007年に発売した「iPhone」をはじめとするスマートフォンである。発売当初のスマホは、PCに比べると速度やメモリ容量が低かったが、そのコンパクトさ、豊富なアプリ、そして低価格が魅力となり、瞬く間に世界中に普及していった。
PCは主に仕事のツールとして使われていたが、スマホは生活の一部となり、PCとは無縁だった消費者(PCにおける無消費者)を大きく開拓した。その結果、図3に示すように、スマホがPC市場を駆逐していった。これは、クリステンセンが言う「新市場型破壊イノベーション」に該当する。
では、イノベーションの理論で、ChatGPTやDeepSeekはどのように説明できるだろうか?
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