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前工程装置でシェア低下が続く日本勢、気を吐くキヤノンは希望となるか湯之上隆のナノフォーカス(83)(4/4 ページ)

» 2025年08月25日 12時00分 公開
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露光装置メーカー各社の戦略

 ASMLの戦略は、一言でいえば「最先端EUVおよび先端ArF液浸の独占」である。ASMLにとって、EUVとArF液浸は事業の二本柱であり、特にEUVでは、さらなる微細化を実現したHigh NA EUV(EXE:5200B)の出荷を開始している(図9)。ASMLは今後も、最先端露光装置の開発に経営資源を集中投入していくとみられる。

ASMLが出荷した量産用High NA EUVの1号機 図9:ASMLが出荷した量産用High NA EUVの1号機[クリックで拡大] 出所:ASMLの2025年第2四半期の決算資料

 ニコンは、EUVを除く全ての露光装置を出荷しているが、ArF液浸およびArFドライではASMLに大きく劣り、KrFやi線ではキヤノンに大差をつけられている。この状況を見る限り、ニコンの露光装置事業に明確な戦略があるとは思えない。

 一方、キヤノンはEUVおよびArFの開発を早期に断念し、その代わりにKrFとi線に経営資源を集中させている。特にi線では74.6%という圧倒的なシェアを確保しており、全体の出荷額ではASMLに及ばないものの、i線およびKrFで確固たる存在感を示している。

 半導体製造においては、2025年に量産開始が予定される最先端2nmプロセスから、超レガシーノードまで、i線は幅広く利用されている。その意味で、キヤノンの戦略は基盤技術への着目という点で極めて秀逸であると言える。

 そして、キヤノンには、この戦略をさらに強化する「切り札」ともいえる技術が存在する。

ナノインプリントリソグラフィがパラダイムシフトを起こす?

 図10上図に示すように、従来の光露光プロセスは、以下の工程で行われる。

1)ウエハー上にレジストを塗布する
2)レチクルを介して光を照射し、レジストに化学反応を起こさせる
3)現像液を塗布し、化学反応を起こした露光部を除去してレジストパターンを形成する

光露光とナノインプリントリソグラフィの原理の違い 図10:光露光とナノインプリントリソグラフィの原理の違い 出所:キヤノンHP

 そして、より微細パターンを形成するには光の波長を短くする必要があり、その結果として露光装置は、i線(11億円)、KrF(21億円)、ArFドライ(51億円)、ArF液浸(121億円)、EUV(308億円)と、目がくらむような高額な装置に進化してきた。

 一方、キヤノンがキオクシア(旧東芝メモリ)と共同開発したナノインプリントリソグラフィ(Nanoimprint Lithography:通称NIL)は、より低コストかつシンプルな方法で微細パターンを形成することができる。その原理は図10下図の通りである。

1)インクジェット技術を用い、ウエハーに液滴状にレジストを塗布する
2)回路パターンを彫り込んだマスク(テンプレート)をレジストに押し付け、紫外線を照射してレジストを硬化させる
3)マスクを剥がすことにより微細なレジストパターンが形成される

 要するに、NILは、ウエハー上のレジストにマスクを「スタンプ」のように押し当てることによってパターンを形成する。その結果、NILの装置コストはEUVのような天文学的水準にはならない。

 ただし、NILではマスクをレジストに密着させるため、マスク上の異物がそのまま欠陥として転写される。この問題が最大の課題である。これを克服できれば、あるいは一定の歩留まり低下を許容することに目をつぶれば、NILはリソグラフィ技術においてパラダイムシフトを引き起こす可能性を秘めている。

キヤノンの露光装置ビジネスの将来展望

 本稿ではまず、前工程装置全体の地域別シェアにおいて、日本のシェア低下が依然として止まらない実態を示した。その要因として、2011年から2021〜2024年にかけて、ほぼ全ての前工程装置で日本メーカーのシェアが低下している事実を明らかにした。

 そのような中で、露光装置分野では出荷額こそASMLに大きく水をあけられているものの、キヤノンが出荷台数ベースで健闘していることを論じた。特に、同社はKrFおよびi線、なかでもi線に経営資源を集中させ、ASMLを大きく上回るシェアを獲得している。

 さらに、キヤノンは、より低コストかつシンプルな方法で微細パターンの形成が可能なナノインプリントリソグラフィ(NIL)を開発していることを述べた。NILには異物付着による欠陥発生の課題があるが、300億円超を超えるEUV露光装置と比較すると、NILは極めて低コストであり、リソグラフィ技術にパラダイムシフトをもたらす可能性がある。

 もしNILが半導体量産工程に広く採用されれば、ASMLのEUVやArF液浸の牙城を侵食し、キヤノンはi線、KrFに加え、最先端の微細化にも対応可能なNILを新たな事業の柱として確立できる。今後のキヤノンのNILの実用化動向を注目していきたい。

連載「湯之上隆のナノフォーカス」バックナンバー

筆者プロフィール

湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長

1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年にわたり、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。2023年4月には『半導体有事』(文春新書)を上梓。


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