水晶デバイスは、水晶材料の特性をうまく使って、「タイミングデバイス」や、「センシングデバイス」、「オプトデバイス(光学部品)」を作り出しています。
安定した周波数の基準信号を発生させる必要があるとき、「水晶振動子」や「水晶発振器」といった水晶デバイスを使うのが一般的です。
これまで科学技術の発展を背景に、さまざまな電子デバイスが開発・製造されてきました。水晶デバイスは、さまざまな電子デバイスのなかでも、基本を変えないデバイスという観点で、非常に息の長いものだと言えるでしょう。水晶の電気的特性は、100年以上も前から利用されてきました。使われてきた歴史は長いものの、水晶デバイスは常に電子機器の第一線で活躍してきたと言えます。
近年、デジタル機器の発達にともなって、さまざまな形態のデジタルデータ (映像や音声、テキスト)が無線や有線を介して、伝達されるようになってきました。このような場合、デジタル信号の送り手と受け手の間で、正確なデータ転送が行われる必須条件として、双方が全く同じタイミングでデータを送受すること、すなわち同じクロックを持つことが重要となります。双方のタイミングを合わせるクロックに当たるのが、水晶振動子や水晶発振器です。
動画など大容量のデータ配信が普及し、より高速で正確な通信の重要度が増しています。タイミングがずれるとデータに誤りが発生したり、再読み込みによって転送速度の低下につながったりまします。世界中のあらゆる気候下で、寒暖差に影響されず、高い精度の安定した周波数が得られる水晶振動子はクロックとして最適のデバイスです。
このように、デジタル機器の発達に伴って、水晶デバイスは、あらゆる電子機器に搭載されることになり、半導体部品が「産業の米」と称されるのに対して、「産業の塩」と呼ばれています。半導体部品を支えるという水晶デバイスの役割を考慮すると、産業の塩と呼ぶのは適切でしょう。産業の塩である水晶デバイスは、性能の観点からも、将来の可能性の観点からも日々進化しています。
現在、水晶デバイスは時計にはじまり、デジタルテレビやPCに至るまで、基準信号を必要とするあらゆる電子機器に搭載されています。基準信号を生み出す振動子や発振器、周波数フィルターなどを「タイミングデバイス」と呼びます。一般に、基準信号を得るための水晶素子(水晶片)を水晶振動子と呼び、水晶振動子と振動子の発振回路を組み合わせたデバイスを水晶発振器と呼びます。
水晶を使ったタイミングデバイスを内蔵する電子機器の例を、図1に列挙しました。時計には一般に、1台に少なくとも1個の水晶デバイスが使われています。携帯電話機では、用途が異なる水晶デバイスが3個〜5個程度使われています。
図2に、アップルのスマートフォン「iPhone 4」のプリント基板を示しました。プリント基板の両面に、「音叉(おんさ)型水晶振動子」や「温度補償型水晶発振器」、「水晶発振器」といった、多様な水晶タイミングデバイスが実装してあります。高機能な携帯電話機であるスマートフォンは、水晶を使った数多くのタイミングデバイスによって支えられているのです。家庭にある水晶を使ったタイミングデバイスの数を合計すると、30を超えるでしょう。
図1は、安定した周波数を発生させるために水晶デバイスの安定した電気機械エネルギー変換特性を利用した例でした。水晶デバイスの活用範囲は、基準信号源として使うだけにとどまりません。
ほかにも、水晶の光学的な特性を応用した用途があります。例えば、「プリズム」や「オプティカルローパスフィルター(OLF)」、「波長板」といったデバイスが、デジタルカメラやプロジェクタといった光学機器に採用されています。また、前述の通り、水晶には安定した電気機械エネルギー変換効果がありますので、機械的な変位に精度良く応答します。これを応用したジャイロ(角速度)センサーや圧力センサーといった水晶センサーが製品化されています。
水晶に数多くの用途があるのは、以下に挙げる4つの物理的な特性があるからです。それぞれの特性をうまく使って、「タイミングデバイス」や、「センシングデバイス」、「オプトデバイス(光学部品)」を作り出しています。
(1)安定した電気機械エネルギー変換特性(ピエゾ効果、または逆ピエゾ効果)
(2)光学的特性(複屈折、可視透明性)
(3)熱伝導特性(透明ヒートシンク)
(4)低α線放射特性(高純度材料)
以上に挙げた水晶を使ったさまざまなデバイスのうちで、最も多く使われているのは、(1)にある音叉型水晶振動子や水晶発振器などのタイミングデバイスの用途です。水晶デバイスの需要のうち、実に7割〜8割を占めています。このほか、当社(エプソントヨコム)は水晶デバイスの新たな市場として、センシングデバイス分野に注目しています。
そこで本連載では、水晶デバイスの数多くの用途のうち、タイミングデバイスとセンシングデバイスに焦点を当てます。これから何回かに分けて、水晶がタイミングデバイスに向く理由や、水晶を利用したタイミングデバイスを使うときの勘所、水晶を使った発振回路の評価手法、水晶を使ったセンシングデバイスの特徴などを紹介します。
日本水晶デバイス工業会技術委員会編、「小型水晶振動子利用ガイド」、1994年12月
日本水晶デバイス工業会技術委員会編、「水晶デバイスの解説と応用(第5版)」、2007年3月
吉村和昭、倉持内武、安居院猛、「図解入門 よくわかる最新 電波と周波数の基本と仕組 み」、秀和システム、2004年12月
宮澤輝久ほか、「Design Wave Magazine2007年2月号 論理回路の要 水晶発振回路の設計&実装」、CQ出版社
滝貞雄、「人工水晶とその電気的応用」、日刊工業新聞社、1974年5月
品田敏雄、「水晶発振子の理論と実際」、オーム社、1955年
岡野庄太郎、「水晶周波数制御デバイス」、新技術開発センター、1995年12月
宮澤輝久、菊池尊行、八鍬恵美、「電子材料2010年7月号 水晶MEMSジャイロセンサ」、工業調査会
宮澤輝久、「エレクトロニクス実装技術2009年1月号 弾性表面波技術を応用したGHz帯高精度SAW共振子及びSAW発振器」、技術調査会
宮澤輝久(みやざわ てるひさ)氏
セイコーエプソン 経営戦略本部 経営企画管理部に所属。1991年にセイコーエプソンに入社。水晶デバイス事業部にて、水晶発振器の設計・開発に携わる。その後、1999年から2004年まで、同社欧州(ドイツ)現地法人に赴任し、マーケティングとビジネス開拓に従事した。帰国後、水晶デバイス事業全般の商品戦略と商品企画業務に携わる。2005年、セイコーエプソンの水晶デバイス事業部と東洋通信機が事業統合したエプソントヨコムに異動し、商品戦略部立案及び新規ビジネス開拓を推進した。2011年4月よりセイコーエプソンに出向し、将来の事業に向けた調査活動や、事業部の事業支援に携わっている。
「水晶デバイスは、振動工学や伝熱工学、流体力学、材料力学、機械要素などの機械工学や、電子回路設計などの電気工学、雑音を抑制するための電磁気学、エッチングなどの金属加工、さらに化学など、あらゆる分野の技術が組み合わされて、製品化されるものです。水晶デバイスに携わることは、世の中のあらゆる技術に触れる機会が多く、驚きと発見、勉強の毎日です」(宮澤氏)。
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