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第2回 水晶を発振器に使う5つの理由水晶デバイス基礎講座

タイミングデバイスとして、水晶デバイスが広く使われているのには、「特性が変化しにくく、均一で安定した高品質材料を確保できること」といった水晶材料の特性に理由があります。

» 2010年11月24日 00時00分 公開
[宮澤輝久,エプソントヨコム ]

 今からさかのぼること130年前の1880年、フランスのキュリー兄弟は水晶板を使って圧電効果(「圧電現象」または「ピエゾ効果」とも呼びます)を確認しました。ある特定の結晶に外部から力を加えると、その外力に応じて表面に電荷が発生するという現象です。圧電効果とは逆に、外部から結晶に電気を加えると結晶がひずむ「逆圧電効果」と呼ぶ現象もあります。

 水晶デバイスは圧電効果と逆圧電効果によって、安定した周波数を生み出します。水晶デバイスには、水晶素子の切断角度で決まる固有の振動モードがあります。外部から電気信号を加えて発生させた機械的な固有振動を、水晶素子表面の電極から電気信号として再度取り出すことで、安定した周波数の基準信号が得られるのです。

用途に応じて適した発振器を選ぶ

 基準信号を得るには、水晶デバイスを使う以外にも、複数の方法があります。例えば、インダクタンス(L)とキャパシタンス(C)を組み合わせ、共振現象によって周波数を発生させるLC発振器や、キャパシタンスと抵抗(R)で構成した充放電回路を使って基準となる周波数を発生させるCR発振器があります。また、チタン酸ジルコニウム酸鉛(PZT)を使ったセラミック発振器や、MEMS技術を活用したSi(シリコン)ベースの発振器も広く使われています。

 上記に挙げた複数の種類の発振器からどれか1つを選択するときの基準は、用途です。例えば、携帯電話機の通信回路向けには、端末の周波数安定度を0.1ppm以下に保つ必要があるため、水晶発振器に温度補償機能を加えたTCXO(温度補償型水晶発振器)を使います。

 また、極めて高い周波数精度が必要な用途に、GPS(Global Positioning System)衛星に使う基準信号源があります。GPS衛星では、システムのほかの部分との同期を保つために、ppb(1ppbは、10億分の1)レベルの周波数精度が求められるのです。これを実現するためには、非常に安定した原子スペクトルを持つRb(ルビジウム)やCs(セシウム)などと水晶発振器を組み合わせた原子発振器を使う必要があります。

 一方で、周波数精度の要求がそこまで高くない用途には多くの場合、低価格であることが特徴のセラミック発振器が使われています。セラミック発振器の発振周波数はおおよそ200kHz〜100MHzで、常温での周波数偏差は一般に0.1%〜0.5%程度です。温度変化に対する発振周波数の変動が大きく、総合的な周波数安定度は±1.1%程度と低くなってしまいます。

 セラミック発振器の分野では、周波数精度を向上させる製造技術を採用した品種が登場しています。このような品種では、±0.3%といった比較的高い総合的な周波数安定度を実現しており、車載LAN規格のCAN(Controller Area Network)通信向けやUSB2.0通信向けなどに使われています。このほか、半導体製造技術を使ってSi上に集積したRC回路やLC回路を発振回路として使うSi発振器は、価格に応じてさまざまな精度の品種を入手できます。最近では、「ETF(Electro Thermal Filter)」と呼ぶ回路技術を使って、セラミック発振器と同等の周波数特性を持ちつつ、セラミック発振器よりも小型で安価なSi発振器が開発されています。

図1 図1 人工水晶の製造工程 人工水晶は、天然水晶のかけら(ラスカ)が原料です。「オートクレーブ」と呼ぶ大型の超高圧圧力容器を使って製造します。人工水晶の育成技術が確立したことで、均一で安定した水晶材料が入手できるようになりました。

単結晶の人工水晶の製造技術が鍵

 以上に紹介したタイミングデバイスのうち、水晶デバイスが広く使われているのには、水晶という材料の特性に理由があります。水晶をタイミングデバイスとして使うとき、以下に挙げる5つの特徴があります。

(1)特性が変化しにくく、均一で安定した高品質材料を確保できること

 1920年代に初めて発明された水晶発振器は、天然の水晶を切り出して使っていたため、いくつかの問題点がありました。例えば、不純物が混入していることや、クラック(ひび)が入っていること、形状や寸法にばらつきがあること、双晶があるといった課題です。このため、水晶発振器が発明された当初は工業製品として大量生産には向かず、ピエゾ効果が得られるほかの化合物の結晶の研究や原子発振器の研究が進んできました。

 その一方で、水晶の単結晶を人工的に製造する研究も着実に進みました。第2次世界大戦の後には、人工水晶の育成技術がほぼ確立し、商業化に成功します。人工水晶の育成技術が確立したことで、均一で安定した水晶材料が入手できるようになったのです(図1)。その結果、今日のように安価で高精度な水晶デバイスが大量に供給できるようになりました。

 水晶デバイス市場において、日本企業は非常に高い市場シェアを有しています。それには、人工水晶を作成する高い技術力を有していることが背景にあります。品質のよい人工水晶を作成するには、「オートクレーブ」と呼ぶ大型の容器で、1300気圧もの超高圧を作り出す必要があります。超高圧を作り出す生産技術に、日本企業の強みがあります。

(2)素材そのものに適度な硬さがあり、加工性に優れた材料であること

 具体的には、機械加工や化学(ケミカル)加工が可能であること。

(3)物理的性質や化学的性質が安定していること

 水晶は、SiO2(二酸化ケイ素)を材料とした結晶です。単結晶の人工水晶はとりわけ、性質が安定しています。長期にわたって性質の経時変化がありません。また、「堅すぎず、もろすぎず」という適度な硬さがあり加工性に優れているため、高い再現性で加工できるという特徴があります。

 水晶は、温度特性も良好です。弾性率の温度変化と熱膨張率が相殺する関係にあるので、温度変化に対して特性変動が小さいのです。

図2 図2 水晶の切断角度の模式図 水晶のブロックからウエハーを切り出す角度ごとにカット(切断角度)名があり、それぞれで振動モードや温度特性が異なります。切断角度は複数ありますが、図中には「ATカット」と「BTカット」のみを記載しています。

(4)ウエハーを切り出す方向をうまく選べば、さまざまな発振周波数を生み出せること

水晶のブロックからウエハーを切り出す角度ごとにカット(切断角度)名があり、それぞれ振動モードや温度特性が異なります(図2)。水晶のブロックをどのように切断するかによって、ピエゾ素子として働かせる方向を変えられるのです。これは、水晶のたいへん興味深い特性です。

 例えば、「ATカット」や「BTカット」、「CTカット」、「STカット」などがあります。ATカットは、厚みすべり振動を使う切断角度で(図3)、1MHz〜数100MHzの周波数で発振させることができます。研究開発の進展に伴って、これまでに新たな振動モードが次々と発見されてきました。

図3 図3 厚みすべり振動の模式図 複数ある水晶デバイスの振動モードのうち、厚みすべり振動の模式図を示しました。厚みすべり振動とは、平らな水晶片を上から押さえながら、横方向にずらしたような振動モードです。厚みすべり振動のほかに、屈曲振動や伸張振動、輪郭すべり振動といった振動モードがあります。

(5)発振させたときの内部損失が極めて小さいこと

 水晶デバイスをピエゾ素子と考えたとき、水晶のインピーダンスが非常に小さいので、内部損失は小さくなります。従って、消費電力の低い携帯型電子機器に適した発振器を実現できます。


参考文献

日本水晶デバイス工業会技術委員会編、「小型水晶振動子利用ガイド」、1994年12月

日本水晶デバイス工業会技術委員会編、「水晶デバイスの解説と応用(第5版)」、2007年3月

吉村和昭、倉持内武、安居院猛、「図解入門 よくわかる最新 電波と周波数の基本と仕組 み」、秀和システム、2004年12月

宮澤輝久ほか、「Design Wave Magazine2007年2月号 論理回路の要 水晶発振回路の設計&実装」、CQ出版社

滝貞雄、「人工水晶とその電気的応用」、日刊工業新聞社、1974年5月

品田敏雄、「水晶発振子の理論と実際」、オーム社、1955年

岡野庄太郎、「水晶周波数制御デバイス」、新技術開発センター、1995年12月

宮澤輝久、菊池尊行、八鍬恵美、「電子材料2010年7月号 水晶MEMSジャイロセンサ」、工業調査会

宮澤輝久、「エレクトロニクス実装技術2009年1月号 弾性表面波技術を応用したGHz帯高精度SAW共振子及びSAW発振器」、技術調査会

Profile

宮澤輝久(みやざわ てるひさ)氏

セイコーエプソン 経営戦略本部 経営企画管理部に所属。1991年にセイコーエプソンに入社。水晶デバイス事業部にて、水晶発振器の設計・開発に携わる。その後、1999年から2004年まで、同社欧州(ドイツ)現地法人に赴任し、マーケティングとビジネス開拓に従事した。帰国後、水晶デバイス事業全般の商品戦略と商品企画業務に携わる。2005年、セイコーエプソンの水晶デバイス事業部と東洋通信機が事業統合したエプソントヨコムに異動し、商品戦略部立案及び新規ビジネス開拓を推進した。2011年4月よりセイコーエプソンに出向し、将来の事業に向けた調査活動や、事業部の事業支援に携わっている。


「水晶デバイスは、振動工学や伝熱工学、流体力学、材料力学、機械要素などの機械工学や、電子回路設計などの電気工学、雑音を抑制するための電磁気学、エッチングなどの金属加工、さらに化学など、あらゆる分野の技術が組み合わされて、製品化されるものです。水晶デバイスに携わることは、世の中のあらゆる技術に触れる機会が多く、驚きと発見、勉強の毎日です」(宮澤氏)。



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