日本の薄型テレビよりも技術的には劣ったVIZIOのテレビが、2007年以降、米国でシェアトップを争うことができた最大の理由は、顧客が「もうスペック(性能)は十分」だと判断したからである。この状態を「過剰スペック」という。別の言い方をすると、「差別化」はできても、顧客価値が十分ではない状態である。
一方で、顧客価値が高くとも、競合に対して「独自性・差別化」が十分にできていない状況では、「過当競争」を招く。技術的にも高度な技術を使い、顧客ニーズに関しても全く問題のない商品であるが、多くの企業が参入して激しい競争となり、結局どの企業も大きな利益を生むことはできなくなってしまう。過当競争に陥ると、もはや価格低下は避けられない。たくさん売れても、利益は微々たるものになってしまう。
当たり前と言えば当たり前なのだが、「そこそこの性能で十分満足する人」に対して、必要以上の高性能な製品は要らないのである。わざわざ、高いお金を払ってでも購入する意味が見出せないからだ。しかし、そこそこの製品だからといって、見た目が悪く、いかにも安っぽいものは、もはや受け入れられない。VIZIOのテレビは前述したように、低価格であっても、高級感のあるつくりになっていて、その洗練されたデザインが顧客に受け入れられているのである。しかも、性能はそこそこでも十分なのに、高機能であるため、顧客からすれば非の打ちどころがないのだ。
VIZIOのこだわりは、「安くて良いものを」という同社のスローガンに集約される。
高性能という技術的優位性は既に確立されている上で、新たな顧客価値を付与しようとしている。その切り口の1つが、価格で一意的に定めることができない「高級感」である。
同社の100人に満たない従業員の大多数はコールセンターの業務を行っていることも特徴だ。顧客満足(CS)を重視している証拠である。これらは、同社製品の取扱説明書や設置マニュアルからも見て取ることができる。非常に丁寧に書かれており、手間をかけた代物であることが一目でわかる。「製品だけでなく、サービスを含めて」、前述した「安くて良いものを」を、CSを高めながら実践していることがわかる。
製品の機能、性能だけで決まらない価値を「意味的価値」と呼ぶ。これについては、次回、詳しく説明しよう。
「機能による差別化」には限界がある。なぜなら、それが顧客価値として、長期的に維持されていくことは困難だからだ。あっという間に、競合他社が模倣をして、似たような機能を搭載した製品を市場に投入してしまう。過当競争が起こり、コモディティ化が進んで価格破壊を招くことは言うまでもない。
模倣される理由は、第2回の最後で述べた「デジタル特有のモノづくり」が存在していることと、これから本連載でお伝えしていく“アーキテクチャ”も深く関係してくる。
さらに、継続的に差別化を維持するためには、企業の底力的なものが重要な要因となってくる。これがまさしく、本タイトルで示す“組織づくり”であり、模倣されないための技術や組織に長年、蓄積された経験学習に基づく“積み重ね技術”が必要になるのだ。
次回より、意味的価値、設計情報、アーキテクチャ、模倣されない技術について、1つ1つ順を追って解説していく。
世古雅人(せこ まさひと)
工学部電子通信工学科を卒業後、1987年に電子計測器メーカーに入社、光通信用電子計測器のハードウェア設計開発に従事する。1988年より2年間、通商産業省(現 経済産業省)管轄の研究機関にて光デバイスの基礎研究に携わり、延べ13年を設計と研究開発の現場で過ごす。その後、組織・業務コンサルティング会社や上場企業の経営企画責任者として、開発・技術部門の“現場上がり”の経験や知識を生かしたコンサルティング業務に従事。
2009年5月に株式会社カレンコンサルティングを設立。現場の自主性を重視した「プロセス共有型」のコンサルティングスタイルを提唱。技術評論社より『上流モデリングによる業務改善手法入門』を出版。2012年からEE Times Japanにて『いまどきエンジニアの育て方』『“AI”はどこへ行った?』などのコラムを連載。
一般社団法人TXアントレプレナーパートナーズ(TEP)で技術系ベンチャー企業支援と、厚生労働省「戦略産業雇用創造プロジェクト」の採択自治体である「鳥取県戦略産業雇用創造プロジェクト(CMX)」のボードメンバーとして製造業支援を実施中。
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