江端:「このコラム、炎上するかなぁ」
後輩:「しないでしょう。これだけはっきりと書けば*)、炎上以前に、読者にドン引きされますよ」
*)残念ながら、その部分は、編集部でバッサリ削除されました。「公序良俗上、問題あり」と判断されたようです。
江端:「普通の人は、事故の当事者に腹を立てないのかな。私の感性だけが変なのかなぁ」
後輩:「そうです。江端さんの感性だけが変です。もう、そろそろ自覚してください。あなたは立派な社会の「特異点」で「異端者」です。普通の大人は、人身事故にいちいち腹を立てないものなのです」
江端:「『腹を立てるべきではない』ということは、理性では分かってはいるんだ。自分も当事者になりかけたんだし、正常な判断ができない状況で行われている以上、それは真の意味で「事故」であり、司法もその判断を支持しているしね」
後輩:「じゃあ、問題ないじゃないですか?」
江端:「私同様に腹を立てている人は、世の中には一定数いる。だが、私と決定的に違う点があるんだ」
後輩:「なんですか」
江端:「怒りの対象だよ。対象が、電車会社、勤務先の会社、政府、国や地方公共団体に向くんだよ。事故を発生当事者をわざわざ、う回してだよ。なんか変じゃないか?」
後輩:「それは道理ですよね。『死者にムチは打たない』は世界的な社会通念ですから」
江端:「『死亡によって免責されることが社会通念である』というなら、その「ムチ」が他(電車会社など)に向かうことは、その「免責」は完了していないことになる。それは、不合理で理不尽で卑怯(ひきょう)だとも思うんだけどなぁ」
後輩:「で、江端さんは、その不完全さに対して、数字で理解しようとしている、と。えっと、江端さん、一体何しようとしているでしたっけ?」
江端:「人身事故による、(1)怒りの個人差の数値化、(2)私の損害額の数値化、(3)飛び込み自殺と他の自殺の差異の数値化、の、3つ」
後輩:「うーん。(2)は可能かもしれません。私も興味もあります。でも(1)(3)は無理ですね。」
江端:「なんで?」
後輩:「(1)、(3)は観念とか文化とか歴史とかいうものの定量化です。そんなものがロジカルに展開できるハズがありません」
江端:「そうかなぁ。結局『ダメでした』の報告をすることになるのかなぁ」
後輩:「まあ無理だと思いますが、やるだけやってみればいいんじゃないですか。どうせ江端さんが、何を計算して、どのようなことを主張しようとも、世の中は1mm足りと変わりゃしないんですから」
江端:「……ありがとう。じゃあこのシリーズも、安心して暴走させてもらうことにするよ」
というわけで、このシリーズ、編集部のMさんは、私の過激な文章を片っぱしから削除するという作業で、忙しくなりそうです。
今のうちに、Mさんに謝っておきますね ―― すみません。諦めてください、って。
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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