平行状態のMTJを電子スピンによって反平行状態に変えるときは、右端の金属電極(常磁性体)から電子をF2層に注入する。上向き電子は、F2層の磁化とF1層の磁化の両方と同じ向きなので、MTJをそのまま通過して左端の金属電極に抜ける。
これに対して下向き電子は、F2層の磁化の方向とは逆なので、交換相互作用が起こる。そしてF2層を抜けて絶縁層に到達する。続いてF1層に突入する。ここで厚くて磁化が固定されたF1層は、反対向きの磁化を有する電子を反射する。反射した電子(下向き電子)は再びF2層に入り、F2層の磁化と交換相互作用を起こす。これらの交換相互作用によってF2層の磁化には下向きのトルクが発生する。
電流密度(すなわち電子の密度)がある程度以上に高くなると、下向きのトルクが増大し、F2層の磁化は下向きに反転する。この結果、MTJは反平行状態(論理値「1」)となる。
磁化反転が発生するときに、磁気モーメントは真っすぐ回転して反転するわけではない。実際には「歳差運動」(「味噌(みそ)すり運動」あるいは「首振り運動」とも呼ぶ)と呼ぶ、磁気モーメントが傾きながら垂直な方向に回転する運動を伴う。
例えると、地球の中心から北極に達する磁気モーメントが、緯度方向(南北方向)に移動するときに経度方向(東西方向)への回転を伴いながら、地球の中心から南極に達する磁気モーメントへと移動する動きに近い。極付近では経度方向の回転半径は小さく、緯度方向への移動は緩やかである。赤道付近では経度方向の回転半径は最大となり、緯度方向へは早く移動する。
自由層の磁気モーメントは、イメージとしてはかなり動きやすい。磁気モーメントが極付近に位置するときは、落ち着きがなくゆらゆらと回転している。そこに大量の電子スピンから大量のトルクを与えると、回転が一気に早まり、くるんと反対の極に向きを変える。反転に要する時間は非常に短い。原理的には1ns(1ナノ秒)を切る。
(次回に続く)
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