(6)リスクに対する考え方が曖昧
「リスク」の考え方に「Calculated Risk(適切なリスク)」がある。「この件には、これだけ投資する。結果、ゼロでも構わない」という考え方だ。逆にいえば、それ以上の金額をだらだらと投資はしない、ということでもある。
北米のベンチャーに投資する日本企業でしばしば見られる傾向なのだが、取るべきリスクを取らずに良い案件を逃してしまうケースがある。例えば、ベンチャー企業から技術ライセンス、日本市場での事業の権利、それに株式を含めたパッケージディールで2億円の案件が提示され、冷静に判断すると2億円ぐらいの価値がありそうとの判断がなされたにもかかわらず、おカネを惜しんだために、その案件は競合他社に持っていかれてしまい、あとで悔しい思いをする結果になる。
一方で、取らなくても良いリスクを取っていた、というケースもいくつも見られる。
例えばR&D費用としてベンチャー企業に1億円を拠出して提携したが、予定通りに開発が進まず1年後にもう1億円拠出した。さらに1年後、うまくいかないので、やむなくそのベンチャー企業を買収して傘下に収める。しかし、その後も商品化にこぎつけることが出来ずに、結局それまで投入した金額よりよっぽど安い金額で他社に売却せざるを得なくなったケースである。こういう場合に必要なのは、「OK、1億円だけ出そう。それでうまくいかなかったら、もう出せないよ」という断固たる姿勢である。これができないのは、リスクに対する考え方が確立されていないからだ。
その他、ベンチャー企業と提携はできたが、その後他社が高い値段でそのベンチャーを買収してしまうケースなどもあるが、これについては今後の連載で触れる機会があると思う。
(7)資金の使い方、位置付けが困難
さらに日本企業は、アライアンスのための資金の使い方も難しい。日本のメーカーは、ライセンス料などの資金は、出すことができる。経費として計上できるからだ。また、設備投資など先の読める投資は考えやすい。
ところが、これがベンチャー投資、つまりベンチャー企業の株を買うことになった途端、軒並み尻込みする。「うちはメーカーなんだからキャピタルゲイン狙いの株は買わない」、と、こういう反応をするのである。特にベンチャー企業への投資は先が読めないため、財務がかたくなに首を縦に振らず、資本参加も含めた提携がなかなかできないというケースが、少なくともこれまでは多かった。事業会社がマネーゲームをやらないのは当たり前のことだが、新規事業創出のためにうまく資金を使っていくという方法になじみのない会社が、今でも多いのだ。
もう1つ、付け加えるならば、実はトップマネジメントのコミットがなかったというケースもある。シリコンバレーのエコシステムをうまく活用しようという意思が薄かったのだ。こうなると、事業拡大や新事業創出に当たってのシリコンバレーイノベーションエコシステムの有用性についての議論を、はじめからやり直す必要が出てくるだろう。
⇒「イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜」連載バックナンバー
石井正純(いしい まさずみ)
日本IBM、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て1985年に米国カリフォルニア州シリコンバレーにAZCA, Inc.を設立、代表取締役に就任。
米国ベンチャー企業の日本市場参入、日本企業の米国市場参入および米国ハイテクベンチャーとの戦略的提携による新規事業開拓など、東西両国の事業展開の掛け橋として活躍。
AZCA, Inc.を主宰する一方、ベンチャーキャピタリストとしても活動。現在はAZCA Venture PartnersのManaging Directorとして医療機器・ヘルスケア分野に特化したベンチャー投資を行っている。2005年より静岡大学大学院客員教授、2012年より早稲田大学大学院ビジネススクール客員教授。2006年よりXerox PARCのSenior Executive Advisorを兼任。北加日本商工会議所、Japan Society of Northern Californiaの理事。文部科学省大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)推進委員会などのメンバーであり、NEDOの研究開発型ベンチャー支援事業(STS)にも認定VCなどとして参画している。
新聞、雑誌での論文発表および日米各種会議、大学などでの講演多数。共著に「マッキンゼー成熟期の差別化戦略」「Venture Capital Best Practices」「感性を活かす」など。
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