もう一つの重要な課題は、ベンチャーの経営だ。
よく知られているように、研究開発から事業化に至るまでの道筋には、さまざまな関門が待ち構えている(図7)。
まずは、研究成果(Research)を、製品やソリューションの開発(Development)へと持っていく際の「魔の川」。実に多くの研究プロジェクトがこの関門を乗り越えられず、単なる「研究」で終わってしまっている。
次の関門が「死の谷」だ。これは、製品開発から事業化に移る際の関門である。例えばハードウェアの場合、良いプロトタイプが良いチャンピオンデータを出したとしても、それを同じ品質で何十万台と量産するには、それまでとは全く異なるエンジニアリングの課題が出てくるのが一般的だ。必要な投資額も一桁以上、多くなる。「死の谷」の関門は非常に難関で、事業化を目指してもこの関門を超えられずに、ここで死に絶えてしまうケースもかなり多い。
「死の谷」を無事に超えられたと思っても、次はさらに「ダーウィンの海」が待ち構えている。事業化されて市場に出た製品も、多くの競合や顧客の要求にさらされる。自然淘汰という関門を乗り越え、生き残っていかねば、事業としての成長は望めない。
ほとんどのイノベーションはこのような経過をたどっていくわけだが、これらの関門を乗り越えてきた質のよい技術が、事業化されて大きく成長していくかどうかは、最終的に経営者の手腕にかかっている。
ところが、日本は、ベンチャーを大きく育てていける資質を持った経営者の層が、まだまだ薄い。それ故、素晴らしい技術であっても、その花を咲かせる過程でつまづいているベンチャーもかなり多いと言わざるを得ないのだ。
これは、確かに資質もあるが、それ以上に「経験値を積む」ことでしか養えない要素でもある。つまり、起業家の数が増えるほど、成功や失敗といった貴重な経験を持つ起業家が増え、全体の経験値が底上げされていくのだ。
そこで、日本のベンチャー企業について、筆者が気付いている特長を一つ挙げてみよう。一般的には、古くはソニーやホンダ(本田技研工業)のように、技術者と事業経営者がペアを組み、ベンチャー経営を進めて行く方が成功の確率は高いと思われる。だが、筆者が日本で多く目にするベンチャー企業は、技術者が起業して社長となり、技術開発も経営も、その人が一人で進めているケースが多い。つまり、技術寄りのメンバーに偏ってしまっているのである。まずは、全て一人でやろうとせずに経営は任せる、という割り切りも必要ではないだろうか。
日本の起業およびベンチャー起業に関わる課題は、制度や法律の課題のみならず、日本のカルチャーや日本人の気質による課題も多い。特に、カルチャーや気質に関わる部分は根が深く、そう簡単に変われるものでもないだろう。一夜でパラダイムシフトが起こることはまずないので、ある程度長い時間がかかることを承知の上で、腰を据えて、課題解決に向けた取り組みを進めていく他ないように思われる。
次回は、これらのベンチャー企業に投資をする、ベンチャーキャピタル側の課題に焦点を当てる。
⇒「イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜」連載バックナンバー
石井正純(いしい まさずみ)
日本IBM、McKinsey & Companyを経て1985年に米国カリフォルニア州シリコンバレーに経営コンサルティング会AZCA, Inc.を設立、代表取締役に就任。ハイテク分野での日米企業の新規事業開拓支援やグローバル人材の育成を行っている。
AZCA, Inc.を主宰する一方、1987年よりベンチャーキャピタリストとしても活動。現在は特に日本企業の新事業創出のためのコーポレート・ベンチャーキャピタル設立と運営の支援に力を入れている。
2019年3月まで、静岡大学工学部大学院および早稲田大学大学院ビジネススクールの客員教授を務め、現在は、中部大学客員教授および東洋大学アカデミックアドバイザーに就任している。
2006年より2012年までXerox PARCのSenior Executive Advisorを兼任。北加日本商工会議所(2007年会頭)、Japan Society of Northern Californiaの理事。文部科学省大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)推進委員会などのメンバーであり、NEDOの研究開発型ベンチャー支援事業(STS)にも認定VCなどとして参画している。
2016年まで米国 ホワイトハウスでの有識者会議に数度にわたり招聘され、貿易協定・振興から気候変動などのさまざまな分野で、米国政策立案に向けた、民間からの意見および提言を積極的に行う。新聞、雑誌での論文発表および日米各種会議、大学などでの講演多数。共著に「マッキンゼー成熟期の差別化戦略」「Venture Capital Best Practices」「感性を活かす」など。
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