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ようやく回復期に入った半導体市場 ―― 問われる次への戦略大山聡の業界スコープ(22)(2/2 ページ)

» 2019年10月08日 09時30分 公開
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メモリ市況回復の理由(1):5G市場の立ち上がり

 NANDフラッシュ市場は2018年前半から落ち込みはじめ、DRAM市場は2018年後半から落ち込み始めた。現時点でNANDフラッシュ市場では大口価格の上昇が見られているのに対し、DRAM市場ではスポット価格が下げ止まりつつある状況なので、先に落ち込んだNANDフラッシュ市場がDRAM市場より早く回復する可能性がある。しかし5G対応のスマホが徐々に市場に投入され始めたことで、両市場とも需要が増加しそうなことを考えると、DRAM市場も同じタイミングで回復することが十分考えられよう。Qualcommの2019年4〜6月期決算発表では、「今四半期に5G商談成立件数は2倍に増加。2020年初頭には5Gの立ち上がりが期待できる」というコメントがあった。TSMCの2019年4〜6月期決算発表では、「4〜6月期売上実績77億米ドルに対して、7〜9月期は5G需要の増加などで売上は91億〜92億米ドルに増える見込み」とコメントしている。5Gの本格的な立ち上がりはまだ先の話だが、5Gスマホの市場投入は低迷していた半導体市況を回復させる起爆剤になる、と筆者は期待している。

メモリ市況回復の理由(2):Samsungの投資再開

 メモリ市況の回復を確信しているもう1つの理由は、Samsungが長らく凍結していた投資を再開したことである。同社は2019年末から2020年年明けにかけて、中国・西安工場の第2棟(NANDフラッシュ)および、韓国・平澤工場の第2棟(DRAM)に製造装置を導入し、他社に先駆けて投資を再開する、としている。

 DRAM市場でもNANDフラッシュ市場でも4割超のシェアを誇るSamsungは、スマホメーカー、PCメーカー、データセンター、といった大手メモリユーザーと極めて親密な関係を維持している。なかなか値引きに応じないSamsungからはDRAMもNANDフラッシュも買いたくない、という大手ユーザーの声を耳にすることはあるが、最も安定した供給能力を誇るSamsungを供給社リストから外すわけにもいかず、大抵はSamsungとどこかもう1〜2社のメモリメーカーからDRAMやNANDフラッシュを調達している。言い換えれば、Samsungはすべての大手メモリユーザーの需要動向を知りうる立場にいるわけだ。そのSamsungがDRAMおよび、NANDフラッシュへの投資を再開する、ということは、いずれのメモリ市況も底を打ったことを明確に裏付けていると言える。

市況回復は喜ばしいが……

 メモリ市況が底を打ち、半導体市場全体が回復基調に向かうのは極めて喜ばしいことだ。ただ、筆者としてはSamsungの独走を阻止するようなライバルメーカーがなかなか現れない現状を考えると、「このままで良いのかな」という懸念も感じている。MicronもDRAMへの積極的な設備投資を再開しているようだが、誤解を恐れずに言えば「Samsungに離されないように食い下がる」のが精一杯。Samsungを脅かすような規模あるいはタイミングの投資戦略を掲げているようには見えない。キオクシアやSK Hynixに至ってはまだ具体的な投資再開に至っておらず、このままではSamsungの背中が遠のくばかりではないか、と心配になるのである。

東芝メモリは2019年10月1日付で社名変更し、「キオクシア」として再スタートした

 特にNANDフラッシュに特化していキオクシアは、赤字幅が拡大していて大変な状況下にある。東芝の4〜6月期決算によれば、キオクシア(当時東芝メモリ)による持分法損益は381億円の赤字であった。東芝の持ち株比率が40.2%であることから逆算すれば、キオクシアの4〜6月期は948億円の税引き前赤字であったことを示しており、これとほぼ同レベルの営業赤字が計上されたと推察される。この状況下で積極的な設備投資を行うためには厳しい経営判断を伴うことは理解できるが、この業界で生き残るためには積極的な投資が必要条件である。Samsungを脅かすような戦略とまでは言わないが、歯を食いしばってでも投資合戦に参戦していただきたいと願っている。

 キオクシアに限ったことではなく、日系半導体関連企業の中には、シリコンサイクルに振り回される企業が少なくない。不況の時こそ投資を含めた戦略立案が重要なのだが、経費削減やリストラといったネガティブな作業に追われ、市況が好転した際に十分な対応ができない、という残念な事例をよく耳にする。財務的な体力が毀損(きそん)している企業はなおさらで、不況を乗り越えるだけで精一杯、という事態に陥りやすいのだろう。しかしそれでは、不況の時に戦略を立案してきた企業との格差が広がってしまう。

 冒頭に「半導体市場は回復期に入った」と述べたが、当面はマイナス成長が続くことが予想され、本格的な回復は2020年年明け以降になるだろう。その前に、十分な戦略立案ができているかどうか、市況好転時の準備はできているかどうか、ぜひ見直していただきたいものである。

筆者プロフィール

大山 聡(おおやま さとる)グロスバーグ合同会社 代表

 慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。

 1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。

 2010年にアイサプライ(現IHS Markit Technology)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。

 2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。


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