自分の勉強の意味も含めて、ワクチンがもたらす効果についてまとめておこうと思います。
ワクチンの効果としては、ウイルスに対する免疫(抗体の産生やメモリーT細胞の獲得など)を一定の確率で得る事ができます。発症予防能力については、英・米・ロのワクチンは対照群と比較して発症率が6〜9割ほど減少したと報道されています。
終生免疫獲得については、(観察期間が短すぎるため)不明です。取りあえず数カ月は抗体(中和抗体)が持続するとされています。COVID-19罹患後の中和抗体獲得や抗体持続期間すらまだ明らかになっていないのですから、これは当然と言えば当然です。
ちなみにインフルエンザワクチンでは、
です。
蛇足ですが麻疹(はしか)ワクチンでは、
です。
終生免疫が獲得されるのは、生ワクチンという弱毒化ウイルスを使用するからだ、とされています。
弱毒とはいえ生きた麻疹ウイルスを打ち込むので、妊婦には禁忌です。効果も接種率も非常に高く、ほぼ集団免疫が獲得された結果、2010年以来日本土着型の麻疹ウイルスは根絶状態で、現在日本において麻疹は輸入感染症扱いです。
世間的には、麻疹と同様に集団免疫効果によりワクチン接種後にCOVID-19ウイルスがほぼ根絶され日常生活が戻ることを期待しているコメントを見ることもありますが……いい加減なことを言うと炎上するからでしょうか、あまり接種率と効果の相関について具体的な報道を見かけません。
そこで、「江端ファイアウォール*)」に守られ、かつ、読者が記事をうのみにしないと定評のこの場をお借りして、勝手に計算してみようと思います。あくまで理論上の話かつ簡易計算です。
*)「江端ファイアウォール」とは、江端のコラムへの情報提供者の個人情報は、物理的苦痛を伴う拷問を除いて、絶対に秘匿し続けるという、江端が決めたプロトコルのことです。あるいは、第三者からの情報提供者への紹介依頼を、その日の江端の気分とか、その日の江端の体調とか、受けとったメールの文面だけで、独断で却下してしまうことです(過去に実績あり)。
ワクチンが実効再生産数*)に対して、どのように影響するのかを計算してみたいと思います。
その前に、基本再生産数R0と、実効再生産数Rtについて簡単におさらいします(関連記事:「あの医師がエンジニアに寄せた“コロナにまつわる13の考察”」)。
基本再生産数R0は、SARS-CoV-2が、とある集団において持つ「基礎感染力」とでもいえる数字です。意味としては、「1人の感染者が何人の患者に感染させることができるのか」の平均です。
SARS-CoV-2では、おおよそ”2.5”という値がよく使われています。つまり、COVID-19は、何の対策もせずに放っておくと、新規感染者を、1世代(シリアルインターバル≒6日程度)ごとに2.5倍ずつ増やしていく計算になります。
ファイザー社のワクチンの「発症予防効果」が95%前後との報告でしたので、「不顕性感染後も他人に移さず、感染の連鎖を断ち切れる効果」を甘めに見積もって80%程度とした場合に、基本再生産数R0=2.5(行動変容による感染リスク低減率が無い状態=コロナ以前の行動様式)がどのように変化するのかを計算してみたいと思います*)。
*)ややこしいので地域や季節による再生産数への影響を無視して、R0=2.5で統一して検討しています。
*)1日当たりの重症者数が2020年12月〜2021年1月の数倍となる辺りから、本格的な医療崩壊により救命可能な疾病・傷害が治療不能となります。この196万人その分の死亡数の増加については、まったく加味されていません。皆さん、健康にはくれぐれもご注意ください。
さて、「ワクチン接種の比率が再生産数に与える効果」を実際に計算してみましょう。
(1)日本の人口の50%がワクチン接種をしたとすると、Rt=2.5×(1-0.8×0.5)=1.5となります。この程度では、コロナ以前の行動様式を再開すれば2020年11月〜2021年1月と同程度の感染増加を招く結果に終わりそうです。
(2)日本の人口の75%がワクチン接種をしたとすると、Rt=2.5×(1-0.8×0.75)=1で、やっと釣り合う計算です。これがいわゆる集団免疫状態の閾値に必要な机上の接種率になります。
(3)日本の人口の80%がワクチン接種をしたとすると、Rt=2.5×(1-0.8×0.8)=0.9で、徐々に減少傾向をとります。
(4)日本人全員がワクチン接種をしたとすると、Rt=2.5×(1-0.8×1)=0.5となり、生活習慣をコロナ以前に戻したとしても症候性感染者数は速やかに減少傾向となります。
実際のところ、ワクチンがない状態があったときでも、R0=Rt=2.5なんて恐しい事態は発生していません。「コロナ以前の行動様式に戻ろうなどとはゼイタクだ」「年末やGoToなどと油断しなかった時の行動様式レベルで計算すべき」と考えるならば、皆さまの努力のおかげで実効再生産数のピークは、秋以降の感染拡大時期も含めて大体Rt=1.1〜1.5くらいで収まっていたのです。
これを基準として、年末の最大値に近い値であるRt=1.5で計算すると、(1)ワクチンに8割の有効率が本当にあり、かつ、(2)この1年の生活様式をさらにもう1年維持できれば、人口の50%の接種でRt=1.5×(1-0.8×0.5)=0.9となりますので、感染拡大を起こさずに徐々に終息していきそうだと言えそうです。
ただ、この1年の生活は、飲食業、旅行業などふくめた地域経済へ深刻なダメージを与え、少なくない自殺者を生みました。やはり目標としてはコロナ以前の生活様式を掲げるのであれば、最低でも人口の3分の2以上、できれば80%以上への速やかな接種完了を目指したいなぁ……と言うのが私の個人的な考えです。
ちなみに、R0=2.5の環境で考えたとき、もしワクチンの効果が90%なら人口の3分の2への接種でRt=1で釣り合いますし、ワクチンの効果が60%なら人口の100%に接種してやっとRt=1となります。
現在、ファイザー社のワクチンの効果が9割以上と報じられているので、「きっと不顕性感染や他人にうつす割合も減らしてくれるよね」と楽観的に考えれば、「コロナ以前の日常生活」が見えてきます。
しかし、
(A)実際のワクチンの効果が、実はインフルエンザワクチン並み
だったり、あるいは
(B)接種して1年後の中和抗体の実効効果が60%未満に低下する
などの場合には、
―― 私たちは、二度とコロナ以前の生活には戻れない
と、腹をくくる必要があります。
また、ワクチンの能力として、発症予防能力は治験で検証していますが、「症状として現われない感染(不顕性感染)をどの程度予防できるか」と「感染時のウイルス排出能力をどの程度抑えるのか」については、現段階で検討不足です。
そして、ここが大切なのですが、COVID-19ワクチンを接種することで、「発病」はしなくなるかもしれませんが、感染源としてウイルスをバラまくキャリアにならない、という保証は、現段階では「無い」のです。
そもそも、調査しても「不顕性」なのですから数を把握できません。検討不能です。ワクチン接種はあくまで発症率低下を確認しただけです。
直感的には「発症例は確実に減る」、しかし「粘膜表面まで抗体でガンガンに覆われることは常識的に考えられない」、だから「多分不顕性感染は劇的には減らない」けれど「不顕性感染時に排出されるウイルス量については、きっと少ないはず」と考えていますが、いずれにしても証拠がありません。
もし「不顕性感染まで完全に押さえ込める」もしくは「不顕性感染時のウイルス排出量がめちゃくちゃ少ない」ならば、すばらしい集団予防効果を発揮します。
逆に、もし予想外に不顕性感染とそのときのウイルス排出量が多ければ「ワクチン接種後はマスクを外してカラオケや飲み屋で大騒ぎしてよい」と短絡する人々によってワクチン接種者発のクラスターが続出する可能性もあり得ます。
ぶっちゃけ、ワクチンによって集団免疫状態が得られるかどうかはやってみないと分かりません。
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