三菱ケミカルと日本IBM、JSRおよび、慶應義塾大学の研究プロジェクトチームは、量子コンピュータ実機を用いて有機EL発光材料の励起状態を高い精度で計算することに成功した。
三菱ケミカルと日本IBM、JSRおよび、慶應義塾大学の研究プロジェクトチームは2021年5月、量子コンピュータ実機を用いて有機EL発光材料の励起状態を、高い精度で計算することに成功したと発表した。実機ノイズによるエラーを低減するための新たな測定手法を開発することで、高い計算精度を実現した。
慶應大と日本IBMは2018年5月、慶應大理工学部内に産学共同の量子コンピュータ研究拠点「IBM Quantum Network Hub」を開設した。三菱ケミカルやJSRも発足メンバーとして参画している。これまで取り組んできた「量子コンピュータを用いた有機EL発光材料の性能予測」研究プロジェクトでは、実用材料であるTADF(熱活性化遅延蛍光)材料の励起状態エネルギーについて、量子コンピュータを用いて予測する研究に取り組んでいる。ただ、複雑な構造の実用材料を従来手法で計算すると、十分な計算精度が得られなかったという。
研究プロジェクトチームは、量子コンピュータの励起状態計算手法である「qEOM-VQE法」と「VQD法」を用いて、TADF材料の励起状態エネルギーを計算し、計算精度を向上させる研究に取り組んできた。
TADF材料は、最低一重項励起状態(S1)と最低三重項励起状態(T1)のエネルギー準位が数kcal/molと近い。このため、T1状態の励起子が熱運動でS1状態に遷移すれば、理論上は発光効率100%という有機ELの発光材料を得ることができるという。つまり、S1とT1状態を高い精度で理論計算できれば、理想的な有機ELの発光材料を効率よく開発することができるというわけだ。
今回の研究では、三菱ケミカルが特許を公開しているTADF材料(PSPCz、2F-PSPCzと4F-PSPCz)の分子構造において、エネルギーが最も高い分子軌道「HOMO」と、最も低い分子軌道「LUMO」をターゲットに、励起状態計算を行った。計算はエラーがない量子コンピュータシミュレーターと、IBM製量子コンピュータ実機の両方で行った。
この結果、シミュレーターの計算結果は実験値に近い極めて良好な相関係数(0.99)を示した。これに対し、実機による計算結果は実機ノイズの影響により、実験値とは相関性のないことが分かった。
そこで今回、「量子トモグラフィー」技術をベースに、実機のエラーを低減する手法を開発した。その方法とはこうだ。まず、量子トモグラフィーを用いて実機の量子状態を測定する。測定結果から実機のエラーを推定し、これに基づき計算結果を修正する。この結果、厳密解と最大88mHaあった計算誤差は、約4mHaに改善されたという。
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