産業技術総合研究所(産総研)は、シリコンスピン量子ビット素子を用いた大規模集積量子コンピュータ向けの新しい集積構造を考案した。従来構造に比べ、ラビ振動(スピンの操作速度)が約10倍高速となり、製造ばらつき耐性も大幅に改善できるという。
産業技術総合研究所(産総研)デバイス技術研究部門新原理デバイス研究グループの飯塚将太産総研特別研究員と森貴洋主任研究員らは2021年8月、シリコンスピン量子ビット素子を用いた大規模集積量子コンピュータ向けの新しい集積構造を考案したと発表した。従来構造に比べ、ラビ振動(スピンの操作速度)が約10倍高速になり、製造ばらつき耐性も大幅に改善できるという。
産総研は今回、スピン量子ビット素子の高速動作に必要な微小磁石を集積する新たな構造を開発した。これまで素子上部にあった微小磁石を、素子の側方下部に形成する構造である。
これによって、微小磁石がスピン量子ビット素子に近づき、より強い傾斜磁場を得ることができるようになった。しかも、素子上部に配線スペースを確保することができるため、高い製造ばらつき耐性が得られる「自己整合型プロセス技術」を用いることが可能になった。
開発した構造は、格子状のビット配置を想定した。シリコンスピン量子ビット素子の性能を評価するデバイスシミュレーターの計算結果により、スピン量子ビット素子の四隅のうち、2カ所に微小磁石を配置した時が、最も強い傾斜磁場強度になることが分かった。ラビ周波数は569MHzになり、従来構造の50MHzに比べて約10倍も高くなることを確認した。
開発した構造の製造ばらつき耐性もシミュレーターによって検証した。今回、自己整合型プロセス技術を採用したことで、スピン量子ビット素子と微小磁石の相対ずれがなくなり、製造ばらつきによる特性不良が発生しにくくなることが分かった。
この特長について、演算エラー発生率を用いて検証した。特性不良の判定値は、演算エラー発生率1%に設定した。開発した構造を採用したことで、スピン量子ビットと微小磁石の位置が4nmずれても、演算エラー発生率は1%以下となる。従来構造ではわずか1nmのずれでも許容できないレベルだという。
製造プロセスで用いられる最先端の極端紫外線リソグラフィ装置で発生する位置ずれは、不良発生率の指標である3σ値が2nm程度とされている。これに対し、開発した構造はその2倍となる4nm(6σ値)までのずれが許容できるという。6σ値を超える不良発生率は100万個に3個となり、製造ばらつき耐性は100万個程度まで集積可能な水準であることが分かった。従来構造では10個程度の集積が限界であったという。
産総研は、開発したスピン量子ビット素子特性を模擬できるデバイスシミュレーション技術を生かし、大規模集積量子コンピュータの実現に向けた技術開発や検証を、引き続き進める計画である。量子回路の設計や大規模な極低温実験評価技術の実用化にも取り組む考えだ。
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