後輩:「江端さんの今回の主張は、『人間には”好きなもの”など存在しない。”好きなもの”とは、環境と自己洗脳で作られるものだ』ということですね」
江端:「その通り」
後輩:「では、江端さんの”好きなもの”を動かす動機って、何ですか?」
江端:「話を聞いていたのか? “内なる動機”なんてものはない、って言っているだろう?」
後輩:「では、江端さんが、一番”アガる”のはどんな時ですか? (1)目標を達成した時(例:貯金が、1000万円に達した時)、(2)人から頼りにされた時、(3)尊敬する人の言うことを達成できた時、(4)好きなことをやっている時 ―― ここから1つを選択してください」
江端:「(2)の『人から頼りにされた時』かな?」
後輩:「え! それは超意外です。江端さんは、(4)の『好きなことをやっている時』と答えるはずでした。で、私は、そういう江端さんをバカにして、江端さんは、実は(2)の『人から頼りにされた時』ですよ、ププー、なぜなら……という流れになるはずだったのに……台無しです」
江端:「なんだか知らないけど、相変わらず失礼な奴だなー」
後輩:「江端さんが自称している『ぼっち』って、底が浅いんですよ ―― というか、江端さんは、『ぼっち』を自称して、心理的な自己防衛をしているだけでしょう?」
江端:「そうかな? 自分では、そう思ったことはないけど」
後輩:「そもそも、江端さん、ブログで、毎日コラムを公開して、技術情報を惜しげもなく、バンバン出しているじゃないですか。これは、『人から頼りにされることや、称賛されることを期待する行動』そのものです。そこには、『ぼっち』どころか、社会的な関係性を構築しようとする意図 ―― もっとはっきり言えば、「親や教師から褒められることで、自己承認欲求を満たしている子ども」同然の幼稚さすら感じます」
江端:「『ぼっち』というのは、基本的な行動単位が1人称である、という意味では足りないのか?」
後輩:「『ぼっち』が、一般的に「いじめ」や、「悪意による仲間からの孤立の強制」という意味で使われているのは知っていますが、完全な意味での『ぼっち』を語るのであれば、そこには、苦しいだの、悲しいだの、という程度の感情論など登場する余地はないですよ。『ぼっち』とは究極の狂気の世界の概念ですよ」
江端:「というと?」
後輩:「彼らは、自分の興味のあるモノとの間の関係で、完全に閉じているのですよ。そこに、他の人間や社会的のいざこざが入ってくる余地はありません。誰にどんな社会的常識を持ち込まれても、どんな評価をされようとも、いかなるプレッシャーを受けようとも、その関係は崩れません。社会からどんな評価をされても、それすらも耳に入ってこない ―― 『ぼっち』とは本来そういうものです」
江端:「なるほど、そういう観点から見た場合、私の『ぼっち』とは、一人で行動しているように”見せているだけ”の、表層的な『ぼっち』にすぎない、と言いたい訳だな」
後輩:「で ―― そのような、狂気の『ぼっち』が、いい感じの「金づる」になることがある訳ですよ。で、その金づるに、群がってくる奴等がいて、それが外部からは「コミュニティー」に見えることもあるんです。しかし、『ぼっち』は、そのコミュニティーがあろうが、なかろうが、何の興味もありません。彼らは理由もなく”好きなこと”を、ただ続けるだけです。そこには、『外的要因』やら『内的要因』やら『自己洗脳』やらの、説明変数なんか不要なんです ―― 分かりますか?」
江端:「ああ、『それがぼくには楽しかったから』のLinux誕生の話を思い出した」
後輩:「それも、一例です。例えば、イーロン・マスクさんは、今、世界一のお金持ちですけど、たぶん世界一の貧乏であったとしても、電気自動車の開発を続けて、”好きなこと”だけの一生を過していたと思いますよ。ビル・ゲイツさんにしても、彼らはお金持になったから幸せになったのではないのです。彼らは『狂っていた』から幸せだったのです」
江端:「つまり、私(江端)の『ぼっち』には、狂気がない、と?」
後輩:「江端さんの”好きなこと”の発生プロセスは、汎化されているとは思いますけど、”好きなこと”の究極形は遠く及びませんね ―― まあ、そんな狂気を持てる人は、めったにいないとは思いますので、江端さんの”楽しいこと”や”楽しいもの”の発生プロセスは、多くの人にとっては、正しいとは思いますけど」
後輩:「それと、江端さんの「自分の所有物になったモノ、あるいは自分の意思でコントロールできるようになったモノは、それを守りたいという気持ちになる」ですが、江端さんを含めて、世の中のエンジニアは、よく、こういう『卑怯(ひきょう)』な言い方をしますよね」
江端:「別に『卑怯』じゃないだろう? 事実を語っているだけなのだから」
後輩:「そこです。理系の中でも、江端さんのようにロジックに偏った人は、こういうような主張を、『現象』で語り、そのことに対して躊躇(ちゅうちょ)がないです。ですけど、日本の7割以上を占める文系脳の人たちは、こういう言動は『卑怯』なんですよ」
江端:「何言っているか、全然分からないんだけど……」
後輩:「文系脳の人たちは、将来自分が、いろいろな環境によって自分が変化することを含めて、つまり『自分の考え方が、将来変わっていくかもしれない』ということも含めて、今の自分の考えを語り、他人を理解しようとするのです。つまり、彼ら文系脳の人たちは、物事の評価対象が『人間』そのものなのです」
江端:「なるほど。さっぱり分からん」
後輩:「ところが江端さんのような理系脳のエンジニアは、物事の評価対象は、”事象”、”作用”、”効果”と考えます。そして『人間』は、ぶっちゃけ『どーでもいい』と思っています」
江端:「うん、その通り。『どーでもいい』と思っている」
後輩:「で、江端さんは、それが日本社会のデフォルトだと思っているでしょ? 違うんですよ、それ、ウチの会社だから、江端さんはたまたまマジョリティー(多数派)になっているだけで、実は、社会的には、江端さんを含めて、うちの会社のエンジニア全員、社会的マイノリティー(少数派)で、ぶっちゃけ社会不適合者なんですよ」
江端:「え? そうなの?」
後輩:「だから、弊社の営業の人たちが心底困っているんですよ。日本人の大多数は、「人間」で物事を評価するのが当たり前なのに、その「当たり前」が、うちの会社では通用しないんです。本当に、弊社の営業の皆さんは、気の毒ですよ、こんな社会不適合者のエンジニアに囲まれて仕事をしなければならないのですから」
江端:「……という話を、後輩としていたんだけど、その後、話題が『NHK大河ドラマ』の話になったんだ」
嫁さん:「はあ」
江端:「昨年(2021年)のNHK大河ドラマの主人公、渋沢栄一の話になったんだけどね ―― 『渋沢栄一の幼少時代の話とか、(どうせフィクションであろう)青年時代の恋愛話か、そういう余計な話が、ドラマに必要か?』という議論をしていたんだよ」
嫁さん:「はい?」
江端:「成人した渋沢栄一から、ドラマをスタートすればいいのに ―― 仕事の仕方とか、失敗ストーリーとか、成功事例とか、そういうところからドラマを始めれば、もっと簡潔かつたくさんの渋沢栄一の”アウトプット”が見える、と私は言ってやったんだ」
嫁さん:「いや、ちょっと待った。それは違う」
江端:「ところが、後輩が面白いこと言うんだよね。『江端さん、多くの人は、渋沢栄一の”効果”を見ているんじゃありません。”人間”を見ているんです』って ―― まったく、何言ってんだか」
嫁さん:「待った。それは後輩くんが、全くもって正しい。私たちは、人間「渋沢栄一」を見ているんだよ。だから、渋沢栄一の幼少期の話とか、青春や恋愛の話から離れたら、もはや大河ドラマは成立しないよ」
江端:「えー、そうなの? じゃあ、1月から5月くらいまで延々と続く、『どう見ても、その話、創作(フィクション)だろう、と言うような、どーでもいい少年期や青年期の恋愛話を、視聴者は、ぐっと我慢して耐えながら見続けなければならないんだ」
嫁さん:「そこからして、違う! 別に、視聴者は、我慢もしていないし、耐えている訳でもない。それがドラマとして楽しいから、見続けているんだってば」
江端:「……?」
最近、しばしば、後輩も、嫁さんも、『何言っているのか、よく分からない』ことを言うので、困ります。
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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